約 1,319,990 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1648.html
実家で過ごすこと数日。 ファンシーな雰囲気に慣れつつある自分に少しばかり辟易していたが、なんとかやっていた。 だが、スタンド使いとスタンド使いが惹かれあうように、同じ法則が発動した…! 遂にこの二人が接触…ッ!ドSとドSッ!兄貴と姉貴!性別が同じなら間違いなく同じタイプッ! プロシュート兄貴とエレノオール姉様の邂逅だァーーーーーッ!! とまぁスタンド使いと遭遇したような感じだったが、別に何も起こっちゃいない。 エレノオールはプロシュートを新しく増えた使用人という認識だったし プロシュートも、『ああ、こいつなら確実にルイズの姉だ』としか思っていないわけで。 もっとも、ますますカトレアの事を異常だと思うようになっていたが。 現在のヴァリエール家においてただ一人、明らかにカトレアだけ性格が違う。 突然変異、隔世遺伝、親が違うなど考えが浮かび、この時ばかりはマジにベイビィ・フェイスが欲しいと思っていた。 ちなみに、ルイズママンことラ・ヴァリエール公爵夫人と遭遇した時は 抜けきっていない暗殺者オーラと夫人が発する迫力がカチ合ってもんの凄い事になりかけた。 「新しい使用人ね。平民がヴァリエール公爵家で働ける事を光栄に思いなさい」 ママンがこう言った瞬間、ほんの一瞬だが元暗殺者と元衛士隊隊長のガンの付け合いが発生した。 ハッキリ言えば非常に気に入らない。人を傅かせて当然という雰囲気は、この元暗殺者にとって当然反発材料に成り得る。 今にもグレイトフル・デッドを叩き込むのが早いか杖を抜くのが早いかという感じだったが、片方は情報収集が目的のためすぐに収まった。 「光栄に存じます」 ほとんど何の感情も篭っていない返事だったが、その場はそれでどうにかなったのだが、それをカトレアに見られていたようだ。 机を挟んで対面に向かい合い、脚の上に小動物を乗せている状態で、その事を聞かれた。 「母様と真正面から向き合って威圧されない人なんて初めて見たわ。なんだか根っこの部分がハルケギニアの人間とは違うような気がするの。どうかしら?」 この天然っぽいカトレアにそれを見抜かれた事に驚いた。 確かに、大貴族と暗殺者と言えばそりゃもう別の種族みたいなもんだが、それはあの一瞬しか見せていないはずである。 その一瞬を見破った眼力の鋭さはリゾット並みとも言ってもいい。 別世界の人間かどうかは知っているのかどうか分からないが、もうどうでもいい事だ。 今のところ戻ろうと思っても居ないし、戻る必要も無いからだ。 仲間は全て死に、報復すべき相手のディアボロも既に死んでパッショーネはジョルノが乗っ取っている。 仲間を斃したのはブチャラティを初めとしたヤツらだが、それはこちらから仕掛けたからであって、それを逆恨みにする程腐ってはいない。 家族も居ると言えば居るが、そんなものギャングになった時に捨てたようなものだ。 そう思っているとペコリと頭を下げられた。 「でも、そんな事はどうでもいいの。あのわがままなルイズを助けてくださってありがとうございます」 「…あいつには先にオレが命を助けられたからな」 『恩には恩を、仇には仇を』に従っただけなので、特に助けたと思っているわけではないのだが。 それでもカトレアからしたら、妹を助けてくれた事は感謝してもしきれないという事だろう。 普通なら、疑ってもよさそうなもんだが、アルビオンで戦死したウェールズが持っているはずの風のルビーと本人の性格で疑っていないようだ。 好感は持てるタイプだが、少々人に利用されやすいタイプかもしれない。 そんなタイプだからこそ、もう少し掘り下げて話す事にした。 「あいつは、他のヤツらが思ってる程、柔でもねぇし、無能ってわけでもない」 実際、猿のスタンド使いとやりあった時、ルイズが居なければ確実に詰んでいたはずだ。 ただ、性格的に難があるため、苦笑しながら次の言葉を吐いた。 「ま…オレらに言わせりゃ、まだまだなんだがな」 そして翌日。 トリステイン首都トリスタニアにプロシュートが居た。 カトレアが飼う動物用の品を買いに着ているのだが、まぁそっちはついでで、本当の目的は情報収集だ。 噂話といっても結構馬鹿にできないものがある。金剛玉石だが、本来そういった情報を選別するというのも組織で生き残るためには必要な事だ。 もっとも、大抵メローネに押し付けていたが。 「暑ぃな…」 夏も近いという事で、それなりの気温だ。ここで広域老化を発動させれば半径200メートルの人間は全滅とまではいかないだろうが、かなり効果が出るはずだ。 当人は、念のために髪を下ろし自身を老化させ品目を集めながら、情報を集めている。 さすがにスーツは着ていない。元ギャングといえど人間である。常時スーツというわけではないのだ。暑いものは暑い。 湿度はそう高くないので、不快指数は高くなく、むしろ爽やかさすら感じるのが幸いか。 「やっぱ使えそうな情報ってのは中々手に入らねぇな…」 手に入った情報は、『タルブで敵艦隊を打ち破ったのは伝説の不死鳥フェニックス』というのが殆どだ。 それでアンリエッタが『聖女』と呼ばれている事も知ったのだが、そのフェニックスを操っていた当人は苦笑いするしか無い。 「フェニックスな…確かに、スタンドでも出せないような威力だったが…そうなると、侵攻があるとなるとやはりルイズが巻き込まれる公算が高いな」 スタンド故にストレングスの撃破には至らなかったが、十二分に驚異的な威力である。 アンリエッタはどう思っているか知らないが、少なくとも協力は要請されるだろう。そして何の疑いも無くそれに応じるのがルイズだという事をよく知っている。 「言えた立場じゃあねーが、損な性格してやがんな。あいつも」 そうなった場合、どうすべきかという事も考えねばならない。放っておくというのは後味が悪い。世話になった相手だし、それなりに信用もしている。 だからと言って、馬鹿正直に名乗り出て、使い潰される気は無い。ルイズにその気が無くてもだ。 「…あるか無いかって事を考えても仕方ねぇな」 とりあえず、今すぐにどうこうというわけではないのだ。そう思いそれに関しての思考を打ち切る。 日が沈んだ頃までに集まった情報は他にも2~3あったのだが、どれも使えそうに無い。 『ウェールズが生きていて、アルビオンを取り戻すため地下に潜伏している』という噂まであった。 プロシュート自身はその噂話は、即使えないと判断し切り捨てていた。何せ本人が倒れているのを確認した上で、老化しなかったのを知っているからだ。 「仕方ねぇ…もう少ししたら戻るか」 そう判断し、通りを歩くが、店先に飾られているある物に気付いた。 「…用途が同じなら似るもんだな」 海兵御用達の水兵服である。映画などで見た物と殆ど変わり無い。 「御目が高い。こいつはかなり丈夫ですぜ」 戦闘職用に作られた物であるからには、そうなのだろうと思ったが、特に必要な物ではない。 店主に勧められたが、断りつつ店を離れた。 後に黒髪の少年が凄まじく興奮しつつ、それを買っていった事は別の話である。 夜中頃に、灯が燈され大通りから少し外れたところで人にぶつかった。 「ちっ!」 衝撃で手に持った品を落す。割れ物も結構入っているのだ。 だが、地面にそれが落ちる前にグレイトフル・デッドの腕でそれを受ける。 「危ねーな…割れてたらどうすんだ?おい」 ぶつかっただけなら、特にどうこう言う気は無かったが、完全素通りで通り過ぎようとしている事にムカついた。 相手の肩を掴むが、瞬間背筋に寒いものが奔った。 (なんだ…!?こいつ…!!) 思わず手を離す。殺気でも敵意があるわけでもない。ただヤバイと体が反応した。 「…ああ、すまないね、急いでいるんだ。おや、君とは…どこかで会ったかな?」 フードを被っていたが、振り向いた時にそこから覗く顔を見て、心底ぶっ飛んだ。 (バカな…!あの時、『老化しなかった』んだぞ…!どういうワケだよ!) さっき完全に切り捨て予想だにしていなかっただけに動けない。 そうこうしていると、そいつは人通りも少なくなった王宮へと続く道を歩いていく。 そこでようやく我に返った。 「生きてやがっただと…?ありえねぇ…仮に仮死状態で老化が効かなかったとしても、あの状況で生き残れる可能性は無ねぇ…!」 そいつは完全に死んだと思っていたウェールズだった。 だが、事実だ。現にああして動いている。 人違いという事も考えたが、すぐにそれは無いと判断する。 ターゲットの顔を常に覚えねばならない暗殺者だけあって、一度覚えた顔はそうそう忘れるものではないし、声で本人と確信した。 生きていたというのはいい。こちらに気付かなかったのも髪型を変え自身を老化させているからだ。 だが、肩を掴んだ時に感じた、あの寒気だけは納得できない。 繋いでいる馬の所に戻ると、その側に居る大きなフクロウに向き直る。 「トゥルーカス…だったか?オメーは先に戻って伝えろ。『知り合いに会ったから、ケリ付けてくる』ってな」 「…かしこまりました」 そのフクロウがそう喋り飛び立つ。夜の案内にとカトレアから預けられたヤツだが、この場合伝令に使うのが一番だろう。 そうすると、後を追うようにして自身も城の方向に向かう。 万一、バレるかもしれないと思ったが、あの寒気が妙に気になった。 そういう時プロシュートが取るべき行動は実にシンプル。納得できないなら、納得できるように行動する。それだけの事だ。 夜と言ってもさすがに王宮だけの事はあり、警備は並大抵のものではない。 こういった場所に難なく入れるのはホルマジオ、イルーゾォ、リゾットぐらいのものだ。 プロシュートも老化による変装はできるが、完全警備の場所に入れるものではない。 「さて…どうすっか」 正面からとも考えたが、直ぐに打ち消す。 そんな事をすればウェールズを捜す以前の問題だ。どう考えても賊扱い確定だろう。 城に行ったという確証は無かったが、勘がそこへ向かったと教えている。 勘と言っても、前後の状況を確認した上での勘だ。 本人であれ偽者であれ、戦死したはずの皇太子の姿をしているのだ。 何をやらかすつもりか分からないが、向かった方角も考慮に入れると、十中八九で城のはずだ。 そして、列車の時もそうだったが、その勘に従って行動した時は大抵間違いは無い。 ただあの時と違うのは、今回は動かない城という事だ。 「仕方ねぇ…何かあるとしても、待つしかないな」 性に合わないが、この際贅沢は言ってられない。現状はそれしか選択肢は存在しないのだ。 「待つってのはホルマジオかイルーゾォの仕事なんだが…な」 もう会う事の無いかつての仲間の名を呟き、闇に身を任せる。まだ何かが起こる気配は…無い。 30分程待つと、城の中で何かがあったと感じた。 大きな騒ぎがあったわけではないが、衛兵達の動きが慌しくなってきている。 「何かあったな…入るなら今か!」 慌しくなった分、警備に隙が生まれる。 ガンダールヴでなくなったとはいえ、この前までプロの暗殺者だったのだ。 リゾット程ではないが、気配をある程度消す術も心得ている。 「あいつに気配消されるとマジで分かんねーからな…ペッシが泣いてたぞ」 メタリカを使わなくても時々見失う事がある。特に夜なんぞにやられると洒落にならない。 それで、いつの間にか後ろに立っていたリゾットにペッシがマジでビビって泣いた事が一度あった。 当然、ブン殴り説教かましたが、頭を押さえながらリゾットにも『頼むから仲間内の間で気配を消すな』と言ったのだが あまり変わらなかったのであれは最早意識してやっているのではないだろう。 それが、リゾットの暗殺者としての能力に異論を挟む者がチーム外にも一人たりとも居なかった理由の一つだ。 「オレがやられても、リゾットは生き残ると思ってたんだがな…」 プロシュートは知らない。リゾットが、後少しの所までドッピオを追いつめ、エアロ・スミスの邪魔さえなければディアボロを倒していたという事を。 隙を突き、城の中に手早く潜入すると、自分と姿形が似ている衛兵を見つけた。 「…ん…なんだ…なにをするきさ…」 叫ばれる前にグレイトフル・デッドで殴り飛ばし鎧を奪い着込む。 「こいつを、ここでやんのは二度目だな…」 モット伯での館を思い出すが、浸っている場合ではない。とりあえず何があったのか聞き出さねばならないのだ。 「随分と騒がしくなったが、何かあったのか?」 「陛下が何者かにかどわかされた。魔法衛士隊がラ・ロシェールでの損害で再編中だというのに…!」 「今、現在動けるのは新たに新設された陛下直属の銃士隊だけだそうだが…魔法無しで賊を取り押さえられるものかどうか…」 (なるほど…な。死んだはずのウェールズが来れば、あの姫様は疑いもせず着いていくってことだ) 状況は把握できた。三つある各魔法衛士隊はワルドの裏切り、タルブでの戦闘、そしてトドメの『レキシントンだッ!』のおかげで、ほぼ壊滅状態で再編中という事だ。 それを補うために新設されたのが銃と剣で武装され身辺警護も兼ね、女性のみで構成された銃士隊らしいのだが、戦力不足は否めないというところだろう。 もちろん、唯一動ける戦力であるため銃士隊が出動せざるをえないようだが。 そこまで把握したところで、どうしたものかと思考を張り巡らせる。 自分で着いていったのだから放っておいてもよかったが、やはり、完全に死んだと思っていたはずのウェールズが気になった。 ミスタの頭に3発銃弾をブチ込んで生きていたというのとは、少しばかりワケが違う。 ウェールズがワルドにやられてから広域老化を発動し、その体が老化しなかったのを確認している。 だからこそ、生きて動いていたという事が異様に引っかかる。 スタンド能力で死体を操るというのは何度か遭遇した事がある。 その場合はスタンドが操っているだけで死体そのものが自意識を持っているわけではない。 だがあれは、ぶつかった時にハッキリとした感じで言葉を吐いた。死体を操っているのならもう少し曖昧なはずだ。 何より、背筋に奔った寒いものも気にかかる。操っている死体に触れた程度でああなるはずはない。 (分かんねー事を考えても仕方ねぇ…行くか!) 分からないなら分かるようにするまでだ。そういう思考に到達するあたり、この男まだまだ実にギャング的である。 「陛下をお救いする!私の後に続け!!」 先頭の隊長と思われる女性が、そう叫ぶと兵が後に続き街道を疾駆する。 後ろを離れること約500メートル。その距離を保つようにしてプロシュートが続く。 「どーして中々。結構やるな、あの女」 聞いたところ平民の出らしいが、それだけに実力を備えているのだろう。遠くから見ただけだが、初見としては気に入った方だ。 馬を駆る事30分、前方で動きがあった。 「隊長!前方に騎馬隊!数6!」 「追いついたか!射撃用意!人を狙うな、陛下に当たりでもしたら取り返しがつかん!馬を狙え!」 銃士隊に配備されている銃は新型のマスケット銃。従来の物より精度は上だ。 ギリギリまで射程圏内まで近付く。こちらに後ろを向けている以上魔法は無い。 「撃て!」 隊長がそう叫ぶと一斉に銃弾が放たれる。新型といえど連射はできないが、威力は高い。 騎乗射撃であるから命中率はそう高くないが、それでも少なくない弾が馬にめり込み転倒、落馬させる。 かなりの速度で走らせていたのだ。落馬した連中は地面に思いっきり叩きつけられる。 悪くて即死、良くて再起不能だろう。 「雑魚に構うな!陛下を連れている賊の馬の足を止める事のみ考えろ!」 アンリエッタを乗せた騎馬を入れると残り3騎。 だが、距離を詰めようとしたところで、アンリエッタを乗せた騎馬が速度を落とした。 「観念したという事か…?いや、油断するな!相手はメイジだ!」 アンリエッタまで落馬に巻き込んではならない。そう判断したのか近接し賊のみを仕留めるようだ。 左右側面から分かれて接近する。こうすればどちらかが魔法で攻撃を受けたとしても片方から攻撃できる。敵が騎乗しているのならなおさらだ。 「陛下をかどわかした罪!地獄で償え!!」 各騎馬が剣を抜き隊長が剣を賊に振り下ろそうとした。 「うぁあああああ!」 しかし、そう叫びをあげたのは、賊ではなく隊長だ。 「バカな…後ろから…だと…!?」 他の銃士からも悲鳴があがり落馬していく。速度を出していなかったのが幸いし即死というわけではないが、どれも重症の部類に入るだろう。 「…なんだ…!?なぜ…落馬した者どもが……」 後ろから魔法を撃ってきたのは、さっき落馬させたばかりの3人だ。走る馬から思いっきり落馬したというのに平然と歩いている。 もちろん相手は、その疑問には答えようとせず、落馬した銃士隊の馬を奪い駆ける。 他の隊員は気絶しているが意識を保っているあたり、隊長に任ぜられるだけあって、その精神力も高いのだろう。 「待て…!くそ…!くそ!陛下ァーーーーー!」 そう叫ぶが、それに答えるものは誰一人として居なかった。 馬に乗ったアンリエッタが、目を覚まし、後ろの惨状を目にし愕然とした。 「ウェールズ様…!あの者たちは、わたくしの銃士隊です!なぜ…あのような事を!」 「すまない…だが、誰にも僕達の邪魔をさせたくないんだ。君は僕を信じてくれ」 「でも…」 「ラドクリアンの湖畔で君が誓ってくれた言葉を信じて、僕に任せて欲しい」 「ウェールズ様…」 そう言われると、何も言えなくなる。見せる笑顔には一点の曇りも無い。だからこそその言葉のままに、身を任せた。 「こいつは…ヒデーな」 遅れること数分、倒れている銃士隊の面々をプロシュートが見つけた。 呻き声が上がってるあたり、死者は出ていないようだが、それでも一目で重症だと分かる。 どうしようもないので、さらに馬を進めるが、剣を杖代わりにして歩く人影が視界に入った。 落馬の怪我もあるだろうが、背中に受けた傷が非常に痛々しい。 頭は歩を進めようとしているが、体はついていかない。 遂には、剣を地面に突き刺し膝を付いた。 「くそ…陛下に大恩ある身でありながら…肝心な時にお役に立てなくてどうする…!動け…!動け!」 「やめとけ。今のオメーじゃ行ったところで何の役にも立ちゃあしねーよ」 「何だと…!?お前…衛兵の装備をしているが見た事無い顔だ…誰だ!?」 (こいつ、この怪我でそれに気付きやがったか) 部下の把握は幹部にとっての必須条件だ。それができなかったからこそ、モット伯も直触りを喰らっている。 「気にすんな、オレも賊とかいうヤツに用があんだよ。…何があった」 「…連中、馬から落馬したというのに…平然と立ち上がった…!即死しないまでも、ああも平然と立てるはずが無い…!」 吐き捨てるようにして言ったが、再び立ち上がりおぼつかない足取りで前へと進もうとしている。 「やめとけつったはずだぜ?どうすんだよ」 「黙れ…!私が行かねば、誰が陛下をお救いするというのだ…!」 一歩前へ進むが、頭を掴まれ地面に叩きつけられた。 「ガハ…ッ!貴様何を…!離せ!」 「そんなに死にてーってんなら、今ここでオレが殺してやってもいいんだがよ」 抵抗しようとするが、片手とは思えない力で押さえつけられている上に、重症ともいえる怪我を負っている。動くはずも無い。 少しの間抵抗していたが、杖も持っていない男一人に抗えないようでは、どうしようもない事を悟ったようで、大人しくなった。 「情けない…何がシュヴァリエだ…何が銃士隊隊長だ…私は…陛下お一人すら…満足に助けられんというのに…」 力なく呟き、目から涙が流れている。 「平民が正面からカチあってメイジに勝てるわけねーだろうが」 頭から手を離すが、そこに遠慮無く。しかも、思いっきり突き放すような声で言い放つ 「…ッ!」 睨んでくるが、その程度で気圧されはせず、淡々と続ける。 「やり方ってもんがあんだよ。正面がダメなヤツなら搦め手を使って、側撃、背撃、奇襲、何でも使って隙を作りゃあいい」 スタンド使いと同士の戦いと同じ事だ。近距離パワー型に中距離、遠距離型が正面からぶつかっても勝てるはずはない。 グレイトフル・デッド自身、相手を老化に追い込んでからが本番なのだ。 スタンド使い同士の戦いでなくても、パッショーネと他の組織の抗争の間において、油断し、その隙を突かれ一般構成員に殺し殺されたスタンド使いも数多い。 特に暗殺チームは、その報復を受ける一番手だ。 「先に言うが、卑怯とか言うんじゃねーぞ。持ってないヤツからしたら、魔法なんざ使ってる連中の方が卑怯なんだよ」 メイジと平民の戦力差はスタンド使いと非スタンド使いと同じようなものだ。 刺客の中には当然鉄砲玉扱いの非スタンド使いも大勢居た。 当然、返り討ちにしてきたが、中にはトラップを巧みに使い、追い込まれ危なかった事も数度ではない。 一般人でも扱える強力な武器があるあちら側でもそれだ。 いいとこマスケット銃程度の武器しか無いこっち側で、平民が貴族に勝つ手段と言えば正面以外からの攻撃しか無い。 「分かったら寝てろ。まぁそのダメージで、まだ戦おうとした事は褒めといてやる」 ワルドの時があるだけに、人の事言えた立場ではないが、魔法に対抗できるスタンド能力を持っているからだという事だ。 「くそ…気に入らんヤツだが…仕方ない…陛下を助けてくれ…だが、覚えていろ…陛下になにかすれば…私がお前を…殺す…ぞ…」 そう言うと気絶した。 「ったく…女でこれか?ペッシに見習わせてーとこだぜ」 正直呆れたが、同時に感心もした。 パッショーネでも、これ程の精神力を持ったヤツはそう居ない。ましてこいつは女だ。 「暗殺じゃねーしな。依頼の報酬は…ツケといてやるよ」 街道の脇に運びなるべく目立つように置きながらそう言うと、後を追うべく馬を全速でカッ飛ばした。 ←To be continued 戻る< 目次 続く
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1931.html
遂に艦隊出撃し、どこか人が少なくなったような首都トリスタニアをお馴染みのローブで身を包み歩いているのは、ご存知…もとい久しぶりのフーケだ。 「はぁ…わたしもヤキが回ったかね」 そう呟いたのは、今頃部隊を率いてある場所に向かっているある男のせいだ。 フーケ自身は、裏の情報を生かしトリステインの内情を探るという事で別に動いていたが、正直乗り気ではない。 一応の義理はあっても義務は無いし、あの男を嫌悪しているというのが大きいだろうが、それでもやらなければ己の身が危ないのだ。 そろそろ、合流するかとして人通りの少なくなった通りを歩いていると、後ろから肩に手を置かれた。 ロングビル時代の習慣で蹴りが飛びそうになったが、目立つと不味いので耐える。 「悪いけど、わたしはあんたみたいなヤツは知らないよ。向こうへ行きな。蹴り殺すよ」 少なくともこんなヤツに肩に手をおかれる覚えは無い。 適当にあしらったつもりだったが、その手に力が篭る。 杖を引き抜き、追い散らそうかと思ったが、そうする前に相手が声を出したが…フーケの頭の中に絶望ォォォォだねッ!という妙な髪形の男の声が響いた。 「よォーーー会いたかったぜぇ~?フーケェ」 その声がフーケには地獄の門番の声に聞こえた程だ。 恐る恐る後ろを振り向きフードを被った相手の顔を見て、相手がそれを外した瞬間、息が止まる。 胃が痙攣し反吐を吐く一歩手前だ。 だが、それでも反吐の代わりに声を吐き出そうとするが巧くいかない。 「で、で、で、で、ででででで…」 「あ?何だよ」 「出たァーーーー!!」 「ルセーな。人を化物みたいに扱うんじゃねぇ」 やっとの思いで叫びと共に息を吐き出したが、想定外にも程がある。 「な…なんで、こんな所に…あの娘と一緒にアルビオンに……あぐ!」 「こんな所で何叫んでんだてめーは。そういう事は向こうで話しようや……な?」 かなりうろたえていたフーケが大人しくなったが腹が少し凹んでいる。 グレイトフル・デッドで殴ったためだ。 本気で吐きそうなフーケを半分引き摺りながら人気の無い場所へ連れて行く。 さながら事務所の奥に連れて行かれる債権者のようだ。 人は居たが、全員関わる気は無いようで誰も寄ってこない。 都会が寒いのはどこでも同じである。 「ゲホ…!…いきなり何すんだい!」 「あんな場所で騒いだら困るのはオメーだろ?感謝しろよ」 確かにそうだ。未だフーケの首に掛けられた懸賞金は解かれてはいない。 もっとも、殴る必要も無いのだが。 「…そもそも、なんであんたがこんな所に居るのさ」 「使い魔ってのクビになったからな。仕事探してんだよ」 言いながらスデにルーンの消失している左手を見せたが、半信半疑っぽい。 「馬鹿言うんじゃないよ。契約ってのは死なないと解けないんだ。見たところ、死体ってわけでもないし」 「死人か。ま…似たようなもんだろ」 実際の所イタリアでは死亡扱いなので一回死んでいると言ってもいい。 「で、仕事って何さ」 「クロムウェルって奴を殺りに行くんだが…ワルドと組んでたって事は『レコン・キスタ』だよな。アルビオンの道案内しろ」 「…は?」 「いや、アルビオンに行く方法は分からねーわ。行けたとしても地理が分かんねーわで、お前に会えて助かったぜ」 何言ってんの?この人。という目を向けてきているが、無理も無い。 「聞こえなかったか?オメーの組織の頭を暗殺するから案内しろ。って事だ」 「…何言ってるのか分かってるのかい?つまり、あたしは敵って事だよ」 最初こそテンパっていたものの、そこは一級の盗賊。 暗殺という言葉を聞いて顔付きが変わった。 「その態度、聞く耳持たない。…って事か?」 「他を当たりなよ。せいぜい無駄な努力でもするんだね」 まぁ無理も無い。 敵にいきなり協力しろと言ってするやつは居ない。 「仕方ねーな……ああ、言い忘れたが肌の手入れはしといた方がいいぞ。『歳』取ると…シワが出るって言うからよ……」 「わたしはまだ23だよ!シワなんて……ハッ!」 そこまで言うと思い出した。 こいつの…!この男の魔法を越えた能力をッ! (ま…まさか…) 急いで杖を取り出し、錬金で鉄板を作り覗き込んだが本気でヤバイと思った! 「と…歳を取っているッ!」 「じゃあな。『そのまま』元気でやれよ」 半ば唖然とするフーケを後にとっととその場を後にする。 無論、直で適度に老化させただけとはいえ、永久持続するわけではない。 スタンド能力を詳しく知らないからこそ通用する…ハッタリである。 「ま、待ちなよ!話は最後まで…」 やっとこさ我に返ったが、ぶっちゃけもう居ない。 スデにフーケの遥か先を後ろ手を振りながら歩いている。 一分後 「どうした?そんぐらい走っただけで息切れするたぁスタミナ不足だな」 「ハァー…ハァー…待ちな…って言ってるだろ…!」 「おいおい、聞く耳持たないんじゃあねぇのか?」 程よく50手前ぐらいまで老化していたフーケが猛ダッシュでプロシュートを追いかけていたが やはり老化の影響でもうバテて息が上がっている。 広域老化進行中なら死んでもいいぐらいなのだが、そう考えるとまだ運が良い方だろう。 「き、気が変わっただけだよ。案内するよ。アルビオンをね」 職業柄、多少の脅しや尋問などには意にも介さないだろうが この場合は別だ。 キュルケにおばさんと言われてはいるが、まだ23。 言わば『絶好調ッ!誰も僕を止める事はできないッ』的な年齢である。 だからこそ、この老化の能力はキツイ。女性であるならなおさらだ。 『レコン・キスタ』にもそれ程拘っていないのもあるが、あったとしても多分結果は同じだ。 「いやいや、オレとしても無理言ったと思うしな。オメーにも都合があるだろうし、残念だが他を当たるよ」 多少演技掛かっているが、追い込む為の一手だ。 普段のフーケなら通用しないだろうが、ディ・モールトパニくっているので、こうなればトコトン追い込んで利用しやすくすることにした。 まさに外道…いや、まさにギャング! 「……あ……ない……」 「何ィ?聞こえねーなァーーー」 なおも先へ進もうとしたが フーケの呟くような言葉に対し、某六聖拳伝承者のように返す。 女だろうが、敵であるならば手加減無用というだけに一切の容赦は無い。 スト様もビックリだ。 「わ…わたしに、アルビオンを案内させてくださいッ!!」 「そこまで言われちゃあな。しっかり頼むぜ」 逆に向こうから頼んできたところで、あっさりと承諾の意を示す。 テープがあれば録音しておくとこだが、無いので仕方ない。 手のひら返したように態度を変えたプロシュートにハメられた事に今更気付いたフーケだがもう遅い。 強要され渋々承諾したというのなら、途中で反抗する機を窺う気にもなるが ハメられたとはいえ自分から頼み込む形になってしまったのでは、精神的な残り方が違う。 黄金や漆黒と呼ばれるような精神を持っていれば別だろうが、生憎とフーケはそこまでは持っていない。 「こ、この…悪魔が憑いてるんじゃなくて悪魔そのものだよ……」 地面に手と膝をつき、力なく顔を地面に向けているフーケがやっとの思いで言葉を吐き出したが 敵組織を広域老化でまとめて潰した時なぞ、悪魔はもちろん死神だの何だの言われているので今更気にしたりはしない。 当の『悪魔』は淡々と返すだけだ。 「ああ、よく言われる」 猫に弄ばれる鼠と同じだ。 相手の気分しだいでどうにでもなる。 窮鼠猫を噛むと言うように、隙を見て魔法で攻撃ぐらいはできるだろうが 所詮、鼠の攻撃。少しひるむぐらいですぐに追いつかれる。 そうすれば老化という、ある意味死ぬより最悪な能力が待っている。 まして、射程は200メートル程もある。到底逃げ切れるものではない。 完全に何かを諦めたような目でこっちを見てきているが、全く悪いとは思っていない。 一応、殺る、殺られるを体験した仲なので、殺らないだけマシというヤツだ。 「で…案内するのはいいとして、アルビオンへはどうやって行くつもりだい?」 「その辺りも期待してんだがな。どうやってここまで来たんだよ」 「こっちはワルド連れての隠密。行きだけの一方通行だよ」 「あのヤローか…オメー確か盗賊だったよな。裏のルートとかで無いのか?」 「無理だね。あったとしても、これからドンパチやろうって国に好き好んで行くやつが居るもんか」 「あ?オメーの帰りはどうすんだ。大体、何しにきたんだよ」 戦時とはいえ、フーケが出たとなれば追われる事は確実である。 そんな国に目的も無しにやってくるとは思えない。 「ヤボ用だよ。あんたが気にする事じゃないさ」 「まぁいいがな…仕方ねぇ、ジジイに頼むとするか。あんだけ歳食ってりゃ何か知ってんだろ。行くぜフーケ」 あのジジイになら知られても、何とかなるだろうという事からだったが言いながら後ろを振り向くと、見た瞬間速攻でフーケの肩を掴んだ。 「おい、テメー…言った傍から何逃げようとしてんだ」 「い、いや…あの学院に行くのはちょっとね」 あの場所で一犯罪やらかしたのだから、行きたくないのは当然だが少しばかり様子が妙だ。 「…何か妙だな。何かあんな?おい」 「あー…いや」 ハッキリ言わないので、顔を近付け尋問する。 正直距離が近いが、ペッシ的対応である。 「……メンヌヴィルって聞いたことないかい?」 「知らねーな。誰だよ」 「白炎のメンヌヴィル。伝説とまで言われてる傭兵で戦場とは言え楽しみながら人を焼き殺すような外道さ。そうさね、あんたがあの森の中でわたしの腕を掴んだ時のような目をしてたよ」 そうは言ったがフーケ自身はメンヴィルとプロシュートが似ているっちゃあ似ているが、全く同じだとは思っていない。 メンヌヴィルというのは、人を笑いながら殺せるようなヤツと見たが、プロシュートはそうではないと見ている。 必要があれば老若男女区別なく殺るという点では違い無いだろうが、少なくとも楽しんだりはしていない。 もっとも、『ブッ殺す』と心の中で思った時点で足元に死体が転がっているような男とどっちがマシと言われれば迷うとこだが。 「あいつは、こっちに来る前に、オーク鬼を20匹焼いたんだ。 楽しそうに話してくれたよ、人が好きだから焼く。その焼ける匂いが興奮させるんだと。わたしとした事が背筋が寒くなったよ…あれは」 「で?そのメンヌヴィルがどうした」 「……あー、もう仕方ない、言ってやるよ。 …今、学院を襲ってるのがメンヌヴィルの部隊なんだ。人質にするつもりさ」 そう聞いたが、中々良い手だと思う。 戦争なんだから、何でもアリだ。卑怯もクソも無い。やられた方が悪いという価値観だけに、全く敵対心というものが沸いてこない。 「そうか。ならすぐに人が死ぬ心配はねーな。行くぜ、おい」 「…やめときなよ。助けに行くつもりなんだろうけど」 「誰が助けに行くなんざつったよ。アルビオンに行く為にジジイの手を借りたいが敵が居るから排除する。シンプルで良いじゃあねーか」 「行きたいなら一人で行っとくれ。わたしは死ぬ気は無…」 踵を返そうとしたフーケだが、何かにガッシリと掴まれて動けないでいる。 プロシュートの両手は空いているし、周りに人は居ない。 「そうか、なら選ばせてやるよ。オレと学院に乗り込むか…ここで老化するかだ。オレはどっちでもいいぜ?」 「…ッ!」 選択とあるが、行くも地獄、退くも地獄というやつだ。 ベネ(良し)という選択肢は一切存在しない。 「こ…このドSめ…」 ドSと言ったが、ギャングであるからには自然とそうなるものである。 ブチャラティでさえ、必要があればジッパーを使い尋問をしている。 フーケがカタギであれば別にこうもしないが、メイジであり、敵であるからには容赦はしない。 第一、存在を知られたからには、余計な事を…特にワルドあたりに知られたらやりにくくなる。 一段落付くまで手放す気は全く無い。 「分かったよ!行けばいいんだろ!行けば!」 半ばヤケクソだが、まだ学院に乗り込むほうが先があると判断したようだ。 「心配すんな。白炎って事は火だろ?なら一瞬でカタが付く。オメーの出番はねーよ」 無論、巻き込むだろうが仕方の無い犠牲というやつだ。 巻き込むとは言っても馬鹿みたいに火を放っていなければ、解除すれば十分助かる。 敵が死ななくても、倒れている間に杖をヘシ折るか殺ってしまえば何も問題無い。 (火だと都合がいい…どういう事だ?あの宿の時、偏在はともかく一緒に居たタバサって娘は老化してなかったね。確か二つ名が…) 「雪風…か。そうか、あんたの妙な力は温度で変わるんだ。周りの温度が低ければ効かない。そうだろ?」 「50点ってとこだな。だが、流石だな。名うての盗賊ってだけあった中々の洞察力だよ」 「ま、まだ何かあるのかい…」 「何、そんな大した違いじゃねーよ。周りの温度じゃあなくて、体温ってとこだがな」 「どう違うんだよ」 「体温だからな、氷かなんかで冷やせばそれでいい。ま…動き回っちまえば関係なくなるが」 「…そんな弱点話していいのかい?情報持ってクロムウェルのとこに駆け込むかもしれないよ」 「困るのはオレだしな。オメーを巻き込んで足手まといになられる方が厄介だ。それにだ…」 「へぇ、言ってくれるね」 手の内をある程度晒した事に多少安堵し、メンヌヴィルと組むよりは良いかと思ってきたフーケだったが…甘かった。 フーケの肩をガッシリとグレイトフル・デッドで掴み、スゴ味と冷静さと殺意が混じった声で言い放つ。 「裏切ろうとしたら直を叩き込めばいいだけだからよォ。直触りは…関係無いんだぜ…?」 「あ…あ…」 なおも続けるが、フーケは聞いちゃいない。 「オレに直を使わせないようにしてくれる事を期待してんぜ。えぇ?おい」 そう言ってグレイトフル・デッドの手の力を強めた瞬間、人気の無い裏路地に若い女の叫びが響た。 プロシュート兄貴&フーケ ― チーム『はぐれ犯罪者コンビ』ほぼ一方的に結成 戻る< 目次 続く
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1604.html
「ふう……」 学院長であるオールド・オスマンは深い溜息をついた。 凝った肩をトントンと自分で叩きほぐす。 心の休まる時が無いというべきか。 彼は憂鬱に悩まされていた。 連日のように起きる爆発騒ぎに、 先日、王宮から押し付けられた厄介事といい、 そして極めつけは生徒と使い魔の決闘だ。 ここ数日、彼の心労が絶えた試しはない。 潤いも無く乾ききった心境。 身も心も共に老いさらばえていくようだ。 そんな訳でミス・ロングビルの尻へと手を伸ばす。 そう、必要なのは潤い。 これは仕事を円滑に進める為の潤滑油なのだ。 つまりは仕事の一環。 それを誰が咎める事ができよう。 悪いのは凝った肩を揉んでもくれないミス・ロングビルと、 フリフリ動いて人を誘惑するいけないお尻なのだ。 「学院長!」 突然ノックもなしに入ってきたコルベールの姿に手が止まる。 同じくコルベールの声に驚いたミス・ロングビルも振り返る。 そこで目にしたのは自分の尻へと向けられたオールド・オスマンの手。 彼女はそれだけで全てを理解し恐ろしい形相で彼を睨む。 それに萎縮し縮こまっていくオールド・オスマンに構う事なくコルベールは要件を告げた。 「大変な事が分かったんです!」 「…! それは『例の物』についてか?」 「いえ、そちらはまだ…。それよりも、これを!」 オールド・オスマンの机に置かれたのは一枚のスケッチと古文書。 そこに共通する描かれたルーンの形。 伝説にのみ登場する使い魔『ガンダールヴ』のルーン。 事の重大さに気付いたオスマンが目配せでミス・ロングビルに退室を促す。 それに応じ、彼女も軽く頭を下げて部屋から出ていく。 残された二人の間に緊迫した空気が流れた。 「これを一体、どこで…?」 「はい。生徒が召喚した使い魔のルーンの中に見慣れぬ形のものがありましたので。 それで調べました所、形状がこれと酷似しておりまして」 「して、誰の使い魔か?」 「ミス・ヴァリエールの使い魔です」 「なんじゃと…!?」 その驚愕にコルベールも頷く。 確かに魔法を使えない彼女が『伝説の使い魔』を召喚したのだ。 驚くなという方が無理かもしれない。 だがオールド・オスマンが狼狽したのはそこではない。 ミス・ロングビルの報告によれば今、決闘をしているのは、 正にミス・ヴァリエールの使い魔ではなかったか。 遠見の鏡を使い、決闘の舞台であるヴェストリ広場を覗く。 そこに映し出されたのは倒れたゴーレムと、それを操る生徒の姿。 そして…。 「…ミスタ・コルベール。すまないが、もう一度だけ確認したい。 ミス・ヴァリエールは何を召喚した?」 「……犬です。いえ、犬の筈、です」 言葉に詰まる。 自分は確かにあの場にいたし、彼の姿も確認している。 だけど、そこにいたのはコルベールが知る使い魔ではなかった。 「では改めて聞こう。ミスタ・コルベール。 今、ワシ等が見ている『アレ』は一体……!?」 コルベールに答えられる訳がない。 それは自分が知り得た生物、その全てに該当しない。 自分よりも長い人生を歩んだオールド・オスマンでさえ理解できないのだ。 彼に答えを導き出せというのは酷な話だ。 それでも自身の見聞、文献の中から類似した物を検索する。 「…分かりません」 言おうとした言葉を抑え口をつぐむ。 あまりにもバカらしい答え。 それ故に口に出すのも憚られた。 言える筈がない。 …まるで御伽噺に出てくる悪魔のようだなどと。 一陣の風が吹いた。 それに意識が向いた瞬間、自分のゴーレムは倒れていた。 片足でバランスが悪かったのか、それとも風の系統魔法による妨害か。 気を取り直して立ち上がらせようとしたが起き上がれない。 見れば、ゴーレムの足が白煙を上げ歪に捻じ曲がっていた。 それでも無理に動かそうとした結果、足はもげて地面に落ちた。 無残に晒されるグズグズに溶けた切断面。 …火の系統魔法じゃない。 自重を支えるゴーレムの脚の強度は岩石に匹敵する。 そんな物を溶かす魔法など聞いた事もない。 「ハッ!?」 気が付けば使い魔の姿はどこにも無かった。 我に返り周囲へと視線を向ける。 だが見渡せど見えるのは観衆である生徒達の姿だけ。 そして彼等の視線の先、自分の背後へと恐る恐る振り返った。 「なんだ…?」 驚愕に見開かれた両の眼。 そこにいるのは彼であって彼ではない。 宿主である彼の生命に危機が及んだ瞬間、 内で眠る『寄生虫バオー』は彼の精神を麻酔し、 その肉体を完全に支配した。 「なんなんだ…?」 『寄生虫バオー』の分泌液は血管を伝わり、全身をくまなく巡り渡る! それは細胞組織を変化させ、皮膚を特殊なプロテクターに! そして破壊された下半身を修復しつつ筋肉・骨格・腱に圧倒的なパワーを与える! この時、彼の肉体は生物の枠組みから外れ、己を守る武装と化す! 武装現象! アームド・フェノメノン! 野生の猛獣をも凌駕する体躯 そして全身を覆う蒼い体毛。 その中で異質な輝きを放つ金色の瞳。 これがッ! これがッ!! 「なんなんだッ!? お前はァァァアーーーー!!」 これが『バオー』だッ!! そいつに触れる事は死を意味するッ! 「バルバルバルバルッ!!」 ハルケギニアに降り立った異形の怪物が雄叫びを上げた。 男を無視し、動けないゴーレムへと駆ける。 傷付けられた怒りか、それとも脅威と判断したのか。 漲る殺意を抑える事もなくバオーが宙を舞う。 それは翼を持たぬ生物には有り得ぬ跳躍。 だがゴーレムとて足を失っただけ。 彼を追い詰めた両腕は依然健在なのだ。 小石を払うかのように振り回される豪腕。 拳との衝突によって使い魔が校舎へと弾かれる。 恐怖に引きつっていた男の顔に笑みが浮かぶ。 確かに姿が変化した事には驚かされた。 そして外見通りの化け物じみた動きだ。 だが体格と力が違いすぎる。 自分の優位は動かないと男は信じていた。 だが、それは彼の実力を目の当たりにした事で脆くも崩れ去った。 校舎に激突する筈だった使い魔が空中で反転する。 そして壁に着地したかと思うと重力を無視したかのようにそこで停止した。 壁に食い込む爪痕。 彼は自身の爪の力だけで自重を支えているのだ。 その動きはダメージなどまるで感じさせない。 突如、響き渡る轟音と舞い上がる砂煙。 落ちてきたものは土塊。 見上げたゴーレムの肘から先は無くなっていた。 思わず乾いた笑いが込み上げる。 あれだけの体格差がありながら自分のゴーレムが力負けしている。 まるで砂で作った城のように容易く破壊されていく巨体。 いや、砕け散ったのはゴーレムだけではない。 彼自身の誇りさえも蒼い獣は粉砕していく。 腕と足を失い、身動きさえも取れなくなった巨人。 だがバオーに容赦という言葉は存在しない。 壁を蹴り、その頭上へと舞い降りる。 それが『チェックメイト』だった。 バオーはこの外敵を完全に排除するべく『第一の武装現象』を発現させた! 前足の裏から出る特別な液体! それは分子間の結合を分解し生物、無生物を問わずあらゆる物質を溶解させる! バオー・メルティッディン・パルム・フェノメノン! 白煙を上げ、巨人が見る間に溶けていく。 抑えつけられた頭部が消滅し肩から胸へ次々と広がっていく。 溶け落ちていく土塊の巨人を見上げながら、男は『ある光景』を思い出した。 幼少の頃、親父に連れ回されて訪れた火山での出来事だ。 落下した岩石が溶岩に沈み消えたあの光景。 火口に落ちれば自分もああなると理解し恐怖した過去の記憶。 人間の持つ暴力など比較にならない圧倒的な存在。 彼はもう一度その恐怖を体感していた…。 悠然と蒼い獣が大地に立つ。 足場であった巨人は跡形もなく消滅していた。 頭上に降り立ってから初めて足を動かす。 駆けるのではなく緩慢に進められる足取り。 歩む先にいるのは言うまでもなくゴーレムを操っていた男。 「ひっ……!」 空気を呑む音が無様な悲鳴となって上がる。 魔力などもう残されてはいない。 いや、あったところでこの怪物相手に何が出来るというのか。 目前の圧倒的な暴力に男の意識が凍りつく。 逃げるどころか指の一本、眼球の動きさえもままならない。 止せ…止せよ。 どうみても決闘は終わってるじゃねえか…。 もう十分じゃねえか、なあ。 何で誰も止めに入らねえんだよ…? おい。なに逃げてんだよ…お前。 いつも俺の世話になっておいて…ふざけんじゃねえぞ! 戦え。戦って死ね。俺の為に死ね。 頭の片隅に響く草を踏みしめる獣の足音。 目前にまで迫ってくる確実な死。 脳裏にゴーレム同様に溶かされた自分の姿が浮かび上がる。 原形さえも残さぬ無残極まりない死に様。 止めろ…あんなのを喰らったら俺なんて…。 俺はもう戦えないんだ。 そこまでする必要ないだろうが! 頼む…頼むから、殺さないで…。 ひたりひたりと近寄っていた獣が足を止める。 息さえもかかるような距離で上げられた前足。 触れる者を死に至らしめるソレはさしずめ死神の鎌と呼ぶべきか。 誰もその場を動けなかった。 生徒の多くは現実感の無さに忘我自失となり、 彼が心配で戻ってきたギーシュさえも恐怖に束縛された。 ただ一人、タバサだけが自分を保つ事が出来た。 しかし彼女には迷いがあった。 彼女とて生徒が学院で殺されるような事態は避けたい。 それがどれほどの下衆であろうともだ。 だが、もし風の系統魔法で彼を攻撃したらどうなるか? あれだけの重傷を再生する治癒力だ、一撃では仕留めきれないだろう。 そうなれば彼の牙はこちらへと向けられる。 しかも、それだけでは済まない。 無関係の人間から攻撃を受けた事で警戒心を強め、 自分以外の他の生徒にも危険が及ぶ可能性だってある。 一体どれほどの被害になるか想像さえつかない。 止めるなら今しかない。 だけど……。 「た…助け、て…」 辛うじて振り絞った声も意味を成さない。 バオーは人間ではない。 命乞いなど意味を成さない。 向けられた敵意をバオーは完全に消し去る。 その唯一の行動目的の為にバオーは前足を振り下ろす。 「どきなさいっ!」 額に触れる直前、足が止まった。 耳ではない、全感覚をまかなう触覚が彼女の接近を感知した。 同時に麻酔によって眠らされていた彼の意識が覚醒する。 刻まれたルーンの効果が彼を引き戻したのだ。 目覚めた彼の前に広がる光景。 そこには倒れ伏し怯え震える男の姿。 その姿が、かつての恐怖に支配された自分の姿と重なった。 男へと振り上げられたものは足ではない、これは『手』だ。 自分を支配していた『運命の手』そのものだ…! 研究者達が彼を支配したように、 男が暴力で彼を殺そうとしたように、 彼を翻弄した『運命の手』は今度は彼自身へ回ってきたのだ。 他人の運命を支配するほどの圧倒的な暴力。 彼はそれを手にし、そして受け入れたのだ。 前足がゆっくりと下りる。 男へとではなく、自分の足元へと。 彼はその力を受け入れ、『力を行使しない』事を選んだ。 相手にもう敵意はない。 自分の命を守る為ではなく、 生きる為に喰らうのでもなく、 ただ相手を殺す為だけに力を振るう事は出来ない。 それを許せば自分は『動物』ではなく『怪物』へと堕ちる。 もう『運命の手』に屈したりはしない。 それが敵の側であろうと、自分の側であろうとも。 役目を終えたバオーの体が再び元の形へと戻っていく。 しかし彼は以前の自分の体とは違う事を認識していた。 それでも心だけは変わらない、彼はそう信じていた。 背後へと振り返る。 周囲を取り囲む生徒達を押し退けて、彼女はそこに現れた。 そして自分の姿を認めると、あの桃色の髪を揺らし駆け寄ってきた。 不意に体が抱き上げられる。 彼女の目から零れ落ちる大粒の涙。 いつもの気丈な彼女とは思えない行動に面を食らう。 「よかった…。本当に無事でよかった」 そうか…。 また自分は彼女に助けられたのだ。 最初はあの研究所の爆発から。 そして今度は自分が起こそうとした過ちから。 誰の声も届かなかった。 でも彼女の声だけが確かに聞こえた。 それが自分を目覚めさせてくれたのだ。 あのまま『怪物』に変貌しようとしていた自分を、彼女は救ってくれた。 何の為にこの力が与えられたのか分からない。 それでも自分はこの力を彼女の為に使いたい。 自分を守ってくれた小さな主を今度は自分が守るのだ。 暖かな温もりに包まれたまま、彼は誓いを立てた。 ルーンによる契約ではない、自分の意思で立てた彼女との誓い。 誰にも強制されず、されど決して破れる事のない固い誓い。 この日、彼は彼女の使い魔となる道を自ら選んだのだ…。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1535.html
異世界より召喚されて二日目。 彼は深刻な問題に直面する。 あらゆる生物が決して避けられぬであろう試練。 今後、この世界で生活にするに当たって解決せねばならない重大事。 ……食事である。 空になった皿を眺める。 もちろん見つめていても増える訳がない。 魔法の世界であろうと現実は厳しい。 味には不満が無かった。 むしろ、新たに出来た仲間達とお日様の下で食べた食事は格段の味だった。 いや、逆にその事が問題をさらに悪化させたといってもいいだろう。 あまりの美味しさに、はぐはぐとペースを考えずに食べた結果、彼の腹が満たされる事はなかった。 そもそも、朝の訓練もしている彼の腹が通常量で満たされる筈も無い。 それに加え、何故だが今日はお腹が空いて堪らないのだ。 ならば! 横になって体力の消費を最小限にしつつ空腹防御! しかし鳴り続ける腹の虫は彼に眠りを許さない。 倒れた彼の身体を誰かがつつく。 振り返るとそこにはキュルケの使い魔、フレイムがいた。 その足元には未だ食事の残された器。 それを前脚でこちらへと寄せてくる。 その意図を理解し、フレイムの優しさに涙が零れ落ちそうになる。 たったの二日、それも会ったばかりだというのに貴重な食事を分けてくれる。 それに感謝しつつも器を前足で押し返す。 フレイムの体格に反比例するように器が小さすぎたのだ。 恐らくは必要最低限の分しか与えられていないのだろう。 空腹の辛さを知る者として、それを貰うのは憚られた。 ……本当はキュルケからおやつを貰ったりしていて食事に事欠かないのだが、 その事を彼が知るのは、まだ先の話であった。 武士は食わねど高楊枝。 でも武士でもない自分が空腹を堪えて何になるのだろうか? よくよく考えてみればルイズから貰えば良いという事に気付く。 使い魔の管理は主の仕事。 なんら躊躇する事無く彼女が入っていった建物へと潜り込む。 生徒達がざわついている合間を縫ってトテトテ歩く。 仲の良い者同士の歓談に夢中で、足元をうろつく不審な獣には気付く様子は無い。 その人の輪から少し離れた所に一人ぽつんと佇む主を見つけて走り寄る。 「え?」 くいくいとローブを引っ張られる感触にルイズが下を向く。 そこには尻尾をパタパタと振る自分の使い魔。 突然の出来事に唖然として声を失う。 何でここにいるのか? 頭の中に浮かんだ疑問は即座に解消された。 くぅぅと小さく鳴り響くお腹の音。 「はぁ、しょうがないわね」 呆れたように溜息をして、ちぎったパンを差し出そうとした瞬間。 「おい! ここは『アルヴィーズの食堂』だぞ! 使い魔を連れて来るなんて何を考えているんだッ!!」 席を立ち上がり、男が吼える。 使い魔は主人に絶対服従。 『入るな』と命令すれば決して食堂には入って来ない。 だから男はルイズが規則を破って連れて来たと思ったのだ。 食堂中に響いた声に皆の視線がルイズに集まる。 全員、男と同じ事を想像したのか。 その目は冷たく彼女の品位を疑うかのように見下している。 「っ……」 重圧に耐え切れなくなったルイズがパンをテーブルに戻す。 貰えると思っていた物が戻され、首をかしげる使い魔。 主人の顔も窺えず、ただ戸惑うばかり。 「……帰りなさい」 屈辱に声が震えていた。 涙を堪えるかのように告げられた命令。 表情は分からなかった。 それでも主人の気持ちは伝わってきた。 どうにかしてあげたいのに何も出来ない。 それどころか自分はここにいるだけで迷惑なのだと理解した。 ルイズに一度振り向くと、そのまま振り返らずに駆け出す。 腹は膨れなかった。その代わりに胸には何かが詰まるような感じが残された。 悲しい気持ちになってもお腹は減る。 それどころか気分がどんどん滅入っていく。 半ば不貞寝のように草むらに横たわるが、やはり眠れない。 ふと漂ってきた良い匂いに目を開ける。 食堂から運び出される食事、生徒達の食い残しである。 要は食堂に入らなければいい。 トテトテと残り物を運ぶメイドの後を付いて行く。 彼が辿り着いたのは厨房だった。 既に昼食を作り終えてるとはいえ後片付けはこれからという時間。 慌しく駆け回るコックに蹴飛ばされそうになるのを必死に避ける。 お目当ての物をクンクン嗅ぎ回って探していると不意に影が落ちた。 振り返るとそこには憤怒の形相をした一人のコック。 「バカ野郎ッ!! 犬っころが厨房に足を踏み入れるんじゃねえ!!」 突然の大目玉に竦み上がり、彼がその場に伏せる。 調理は衛生管理が第一の仕事だ。 そこに動物が入るなどコックからしてみれば大問題だ。 怯える彼を見かねて一人のメイドが割って入る。 「マルトーさん。そんなに怒らなくても…、 お腹空かせて迷い込んだだけじゃないですか」 「ふん。大方誰か貴族の使い魔なんだろう? 言われた分の餌は与えてるし、それ以上与える義務はねえな」 聞く耳持たないといわんばかりに腕を組んだまま顔を背ける。 マルトーは貴族階級というのが大嫌いだった。 そして、それに媚びへつらう使い魔もだ。 貴族連中が口にしている物を分け与えるだけで、どれほど平民が救われるのか。 使い魔に与える食事とて平民が口にする物に比べれば貧しいものではないのだ。 それを足りないからといって、ねだりに来るというのが気に食わなかった。 しっしと手で追い払われながら、とぼとぼと厨房を後にする。 ついに大合唱を始めた腹の虫を抱え、食べられそうな野草を嗅ぎ分ける。 あの時、意地もプライドも捨てフレイムの食事を貰っておけばと、 後悔したところで時既に遅し。 これからは草食動物として生活しないといけないんだろうか。 そんな暗い未来予想図を浮かべていると不意に後ろから声を掛けられた。 「はい、どうぞ」 目の前に置かれたパンと器に盛られたスープ。 それに何の警戒も無く食らいつく。 頭上からクスクスと聞こえる忍び笑い。 見上げれば彼女は先程止めに入ったメイドだった。 時間を置いたからかパンは少し固く、スープは冷めていたが問題はない。 腹が減った彼は何を出されても御馳走だ。 皿を舐め取るようにスープを飲み尽くす。 「……シエスタ」 背後から聞こえる野太い声にメイドの体が固まる。 聞き慣れたその声に彼女は見ずとも誰か分かったのだ。 恐る恐る振り返る、そこには当然のように料理長のマルトーがいた。 「まだ皿の片づけ終わってないだろう。とっとと取りに行ってきな」 「……は、はい。ただいま」 その場を駆け足で去っていくシエスタ。 残されたのは彼とマルトー、それと空になった器だけだ。 「随分と腹空かせてたみたいだな」 一滴の飲み残しもない器を見てマルトーが呟く。 警戒し唸り声を上げる彼の前に、何を言わずに皿を置く。 その上には彼の大好物である肉。 一瞬前の態度は何だったのか尻尾を振り振り、肉に齧り付く。 それは時間を置いて固くなった物ではない。 もう一度煮込まれ元の柔らかさを取り戻している。 「悪かったな。辛く当たっちまって」 懺悔のような言葉に、彼の食事が止まる。 「貴族だろうが平民だろうが使い魔だろうが、 腹減ってる奴にメシを食わせるのがコックの仕事だ。 貴族の使い魔だからって差別してちゃアイツ等と同じになっちまう」 マルトーの無骨な手が彼の背を撫でる。 それを嫌がる事なく身を任せ、彼はマルトーの顔を見上げた。 視線が合ったマルトーが恥ずかしそうに笑う。 「いい食いっぷりだぜ、ワン公。報酬なんざそれで十分だ。 腹減ったらいつでも来い、待ってるぜ」 切迫した食糧事情の円満な解決に気を良くし部屋へと戻る。 だが彼を待っていたのは予想外の結末だった。 「遅い! 何してたのよ!」 怒鳴り声を上げるご主人様。 それはいつもの事なのだが……問題は。 部屋に並べられた大量の食事。 腹を減らしていると思い彼女が厨房から貰ってきた物らしい。 既に腹は一杯だった。 これ以上はスープの一滴たりとも入らないだろう。 「どうしたの? まさかご主人様の好意が受け取れないとでも?」 威圧するかのような言動に思わず首を振る。 そしてルイズの監視の下、目の前に並べられた食事との長い長い格闘が始まったのだった…。 注)余った料理はルイズが寝入った隙を突いて、使い魔一同が美味しく頂きました。 戻る< 目次 続く
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1698.html
夏ッ!ムカつかずにいられないッ!この暑さに荒れているクソッ!! どこぞの吸血鬼一歩手前の英国貴族のような出だしだが、ここヴァリエール家領地も夏である。 それだけならまぁどうという事はないが、この前まで科学世界で居た方にはエアコンというものがないこの世界の夏は少々堪えてた。 魔法学院も夏季休暇があるということでルイズあたりが戻ってくるかもしれんとちと警戒していたのだが、どうやら戻ってはこれなくなったらしい。 ターゲットであるクロムウェルの事もそれとなく調べてみたが、現在のアルビオンの皇帝という事だけだった。 「できるなら能力…いや、属性か。そっちも知っておきてーな」 相手は一般ピーポーではなく、少なくとも魔法を使うメイジだ。 グレイトフル・デッドの汎用性が恐ろしく低いだけに、対象の属性を知っておくにこした事は無い。 火ならディ・モールトベネ。土や水ならまだしも、風の場合本体が射程外で遍在を相手にするとなると相性最悪だ。 水と土も苦手な部類に入るだろうがフーケの件を見る限りそんなに離れて操作する事はできないだろうと見ている。 氷の事は必要最低限の連中しか知らないだろうから、大丈夫だとは思うしなんとでもなる。 要は、直すら効かない遍在を持つ風が一番ヤバい。 己のスタンドの能力と弱点を把握する。スタンド使いにとって必須ともいえる事の一つだ。 気付かれないように射程に入ればいいのだが 皇帝と名乗っている以上気付かれずにそこまで接近できるかどうか怪しいものがあるし、どんな魔法があるか分かったもんではないのだ。 「たく…スタンドより厄介なとこがあんな、魔法ってのはよ」 もちろん、能力的に突出しているスタンドも十二分に驚異的だが、魔法の汎用性の高さはスタンドの比ではない。 スタンドなら、大抵は一能力のため能力を見た時に対応策を練れない事もないが、魔法は範囲が広すぎて対応が追いつかない。 能力者以外に能力を付与するマジックアイテムなどもある以上、行き当たりばったりでどうにかなるものではないと認識させられる事になっていた。 トリステインの情勢に関しての情報ならある程度流れてくるが、さすがにクロムウェルの事は入ってこない。 仕方ねーな、と思いつつ仕事をしつつ情報を仕入れていたが…姉さん事件です。 そう…エレオノール姉様ご婚約解消という超一大事が発生したッ! なんでも、婚約者のバーガンディ伯爵との間で 「(解消届けに)印を押させるなァーーーーーー!」 「いいや、限界だッ!押すねッ!!今だッ!」 という感じで婚約が解消になったらしい。 まぁこの元ギャングにとっては非常にどうでもいい事でもあったし、あの性格じゃあそりゃそうだろ。 という具合だったので特に気にしていないが、周りは戦々恐々といった感じで婚約という言葉はあっという間にタブーとなっていた。 面はいいのに、性格がアレ。 なんとなく、どこぞの殺人鬼を彷彿とさせるものがある。 「このわたしとの婚約を解消するなんて、どうしてなのかしら!…聞いてるの?カトレア!」 「え、ええ。どうしてでしょうか姉様」 さすがのカトレアもこの剣幕には押されている。泣く子も黙るとはこの事だろう。 だが、泣く子すら老化させ無理矢理黙らせるこの元ギャングは遠慮が無かった。 一応、表の職に就いているからには仕事仲間ができる。 そして、当然ながらエレオノール様ご婚約解消というネタは、その中で密かに話される事になる。 「おい…知ってるか?エレオノール様のご婚約が解消されたそうだ」 「あのバーガンディ伯爵が『もう限界』って言ったらしい…」 そんな話が使用人達の中で密かに話されているが、えてしてそういう物は本人に聞かれているものである。 (使用人がそんな口を利くなんてどうしてくれようかしらね!) 廊下の曲がり角から今にもゴ ゴ ゴ ゴ ゴという音が鳴らんばかりに殺気立っているのは話題の人物エレオノール姉様だ。 鞭片手に、今にも飛び出さんばかりだったが、それはできなかった。 「プレストンはなんでだと思う?」 ちなみにプレストンはポルトガル語で生ハムの意味し、カトレア以外はこれで通してある。 「オレが知るか。まぁあの性格じゃあな。そりゃ三十路にテンパイ掛かって婚約解消されもすんだろ。自業自得だ」 「…結構言うな」 ストレート。そりゃもうド真ん中160キロの直球だ。 エレオノール姉様、現在リーダー:リゾット・ネエロと同じ28歳。 この世界において23歳であるロングビルことフーケですら行き遅れと呼ばれているのだ。 ハッキリ言えば超ヤバイ。 影で婚約話をされていた事はあったが、あくまで遠慮しがちというか、タブー扱いされていた。 だが、本人を目にしてではないが、ここまで思いっきり言われたのは初めてだ。 男勝りな性格のエレオノール姉様とはいえ…いや男勝りだからこそ今まで言われたことの無いストレートな精神的攻撃というのはキツイものである。 「ふふ…三十路…三十路ね…」 ルイズが見たら、己が目を疑う事間違いなしのような力ない声でそこからエレオノールが離れていくが 見る者が見れば再起不能(リタイヤ)という文字が見えていたであろうかという様子だった。 「エレオノール姉様、元気がなかったけど、何かご存知?」 「さぁな。婚約解消の事じゃあねーのか?」 「…そうかしら?それだけじゃないような気がするの」 第7回『動物達と本を読む会』主催:カトレア 参加者:プロシュート兄貴with動物 が開催されている中での会話だったが、原因となる本人はエレオノールが居たことを知らないのでこの返答だ。 精神的に大ダメージを受けた者が居るヴァリエール家から離れ、こちらルイズと才人。 夏季休暇と言う事で、実家に戻る予定だったが、中止になった。 アンリエッタから身分を隠しての情報収集任務を依頼され、それを受け休暇返上で働く事になったのだが… 一名様が、『震えるぞハート!燃え尽きるほどヒート!刻むぜ!山吹色の波紋疾走(サンライトイエローオーバードライブ)!』 と叫ばんばかりに悶えている。 理由は、何時もの制服とは違う服を着たルイズにあるのだろう。 「なんで、わたしが軍服なんて着なくちゃならないのよ…」 「バカ言うなッ!確かにこっちでは水兵服かもしれませンッ! だがッ!俺の世界ではァーーー女の子はそれを着て学校に通うッ!セーラー服はァァァアア世界一ィィィィイイイイ」 ビシッ!とポーズを決めているが、常人が見ればドン引きである。 興奮しつつ、水兵服を買ったはいいものの正直持て余していたのだが 身分を隠しての任務だという事で裁縫が得意なシエスタに至急仕立て直して頂いた。 ちょっとこわばった表情で、これを渡されたシエスタも引いてはいたが、ルイズの身分を隠すためと言われ納得したようで快く引き受けてくれた。 それで完成した一品をルイズに渡したのだが、元が軍服であるだけに不満そうだったが、アンリエッタの任務という事で装備している。 本物。平賀才人の趣味全開だったが、その本物ですら予想の斜め上をいくものが二つあった。 ルイズが大体何時も着ているニーソックスと桃色がかったブロンドの髪のギャップだけは、この本物も予想外だった。 「…グッド!」 親指を立て怪しく呟く。 今のこの本物なら、屍生人の一匹ぐらい余裕で倒せる。そのぐらいの何かが吹き出ていた。 ルイズも服そのものには不満そうではあったが、わざわざ買った物を仕立て直してくれた事と、この前の『守る』発言により、まぁ悪い気はしていない。 そんな感じでトリスタニアに向かう事になったのだが、そのルイズを怪しく見送る一つの影がそこにあった。 「けけ、けしからんねぇ…まったくおたくけしからんッ!」 『風上』のマルコリヌル。彼の中で何かが目覚めた瞬間だった。 そんな感じで徒歩で向かうこと二日。トリスタニアに着き手形を現金に変えたりで歩き回っていたが 貴族とは見られていないが目立っているっちゃあ目立っていた。 「…余計目立ってる気がするんだけど」 「当然だ。俺の世界の魅惑の魔法が掛かってる」 「あんたの世界って魔法無いんじゃなかったっけ?」 歩きながら腕を組み己が考案したコーディネイトを見て満足気に頷く本物。 なお、サイズが少し大きめなのも当然この本物の指示だ。 だが、そんな二人に迫る大きい人影が一つ。 「あら~~ルイズちゃんじゃないの久しぶりね。そのお洋服も『魅惑』の魔法がかけられてるのね。んん~~トレビア~~ン」 そのごつい男の声と女言葉に反応した才人が思わず振り向いて息を呑んだ。 (た…太陽の光の中に…うぉお…なんてこった…い…いけねぇ…!大変な事に…!絶対にまずい!) そう…後ろに居たのは、太陽光をバックに『キュィイイイン』という音を出さんばかりに究極生物のようなポージングを決めている人物ッ! その輝きに一瞬だが才人も美しいと感じてしまった程だ。 『究極の生命体(アルティメット・シイング)スカロンの誕生だーーーーーーーー!』 もう今にも「フン」とか言いそうではあったが、興味深そうに二人を見ている。 「あ…えと…スカロンさん…」 「…ルイズ…お前の知り合いなのか?」 「…うん…ちょっとね…」 このオカマとルイズが知り合いという事にマジにぶっ飛びかけたが、先代絡みである事を聞いて一応納得した。 「それでルイズちゃんは、そんな素敵なお洋服を着てなにやってるのかしら? あらやだ!ここで立ち話ってのもなんだし、とりあえずうちの店にいらっしゃい」 そう言うと、腰を振りながらスカロンが歩く。 それを見て、さっき見た美しさを幻覚かなにかだと自分に言い聞かせながら付いていくのだがルイズはあまり乗り気ではない。 が、馬を使わずに歩きでこのクソ暑い中歩いてやってきたのだ。 乗り気以前に休みたいと言う事で体は勝手にスカロンと同じ方向に歩き出していた。 首都の通りを歩くフードとマントで姿形を隠して彷徨うように歩く一つの人影。 その正体はご存知エレオノール姉様だ。 珍しくと言うか、ここに来て人生初めて本気で凹んでいる。 休日に特にトリスタニアに用があるわけではなかったが、まぁその、なんだ。 歩きたかったというか、しばらく婚約という言葉すら聞きたくなかったのでふらついている。 今のとこ実家にも戻る気にはなれないでいたので、現状この有様だ。 要は荒れているのである。 そんな感じで通りを彷徨っていると、ごついオカマの後を歩くルイズを見つけた。 「ちびルイズじゃない。あの子ったら何やってるのよ」 ルイズを見付けたら見付けたで、何だか無性にムカついてきた。 病弱なカトレアに当たる事もできなかったし、あの場であの使用人に当たると余計傷口広げそうだったので凹むだけだったのだが ルイズという格好の標的を見付けた。まぁ早い話八つ当たりだ。 それで後を追ったのだが、入っていた所は宿屋兼酒場の『魅惑の妖精亭』である。 もちろん、主な客層は平民であり、貴族も来るっちゃあ来るが、大衆Lvの物件だ。 「名門ラ・ヴァリエール家の三女が、あんな場所に入っていって…ホントにあの子は…何考えてるのかしら」 半分呆れ、半分怒りが混じった声だが、とりあえずどうしたもんかと悩む。 ルイズ以上にプライドが高いこのエレオノールにとって、この手の場所に進んで入りたいものではないからだ。 「ちびルイズ…ただじゃあおきませんからね」 小一時間ほど迷っていたが、ルイズをつねりあげるという感情が勝利し、どうやら中に入る事にしたようだ。 「いらっしゃいませ~~~あら!こちらおはつ?わたしは店長のスカロン。 まあ綺麗!なんてトレビアン!店の女の子がかすんじゃうわ!今日は是非とも楽しんでくださいまし!」 対応してきたのはピッチリとした革のスーツのキモい店長だったが、最後の方で褒められたっぽい事は分かったので良しとしておく。 「さっき、ここに入っていった桃色の髪の子を呼んでくださる?」 「あら!さっそくのご氏名?ただ今お呼びいたしますのでこちらのお席にどうぞ」 席に案内され店内の様子を見回すが、一般的に見てもきわどいというLvの服装の女の子達が働いている。 まさかとは思ったが、しばらくしているとその予感が的中する事になる。 「……ご、ご指名、ありがとうございます」 初指名という事で、ひきつった笑顔を必死に見せやってきたのは白いキャミソールを着込んだルイズだ。 生涯初の接客という事で、この有様なのだが、肝心の客はフードを被り何も言わず何か妙なオーラを出していた。 注文を聞こうと近付いた時、思いっきり手を掴まれた時は流石のルイズも血の気が引いた。 「げげげ、下郎!あああ、あんたわたしを誰だと思ってんの?」 その迫力は本来なら相手はたじろいでもいいものだったが…生憎相手が悪かった。 「誰…?誰ですって?いいでしょう教えて差し上げますわ」 ルイズが放ったものより数段上の迫力があり、なにより思いっきり聞いた事のある声に逆にルイズがたじろいだ。 「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール…誇り高きラ・ヴァリーエル家の三女… それがこんなところで…なにやってるのかしら…?ちびルイズーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」 「あいだ!ほわだ!でえざば(姉様)!どぼじでごんばどごろに(どうしてこんな所に)!」 「どうして?それはこっちが聞きたいわ!おちび!」 「ほでにば!ほでにばわげが~~~!(これには!これにはわけが~~~!)」 眉を吊り上げてルイズの頬をつねりあげる。叫んだのは『ちびルイズ』のくだりからだったがさすがに何事かとスカロンが飛び出てきた。 「あらあらあらあらぁ~~~お客様、うちの店はそういうプレイは」 プレイ云々以前の問題なのだが、当然それで収まるエレオノール姉様ではない。 もちろん、事を荒立てて『ラ・ヴァリエール公爵家の三女』が こんなとこで一時といえど働いていたなどという事を知られるわけにはいかないので奥で話を付ける事になった。 「似てると思ってたけどルイズちゃんのお姉さんだったのねぇ。姉妹揃ってトレビア~~~ンだわ」 身をくねらせるスカロンをシカトしてエレオノールの説教会が隅っこで開催されている。 「で?こんなところで『ルイズちゃん』は帰郷もせずに何をやってるの?」 口調こそ穏やかだが、迫力はものっそい。ある意味一番怖い問われ方だ。 「あ、あう…姫様から直々に任務を受けて…だから身分を隠しているんです…」 「姫様?…陛下の事ね」 任務内容も秘密にしておきたいとこだったが、何も言わないで居ると余計悪化しそうってか悪化するので正直に言う事にした。 スカロンに関しては、前着た時に貴族だと知られていたのだが、気にしないしバラしもしないと言う事だ。 まだ疑っているようだったエレオノールにアンリエッタの許可証を見せると、ようやくルイズがアンリエッタ直属の女官であるという事を認めたようだ。 だが、いかに勅命とはいえラ・ヴァリエール家の娘が、こんな場所で働くという事は認められない。 まして『烈風』カリンが知ったら、この辺り周辺『カッター・トルネード』である。 「ちびルイズ。その任務は他の者に任せて、あなたはラ・ヴァリエールの領地に戻りなさい」 「いくら姉様でも、それは聞けないわ。陛下はわたしを必要としてくれているの。だから、今は戻れないの!」 その態度にエレオノールが驚いた。ルイズがこう逆らってくる事など、これが初めてだからだ。 ちなみにアンリエッタから出された手形で変えた金貨は結構あり わざわざ働かなくとも、情報は集められただろうが、やはり生の情報は直接関わった方が手に入りやすい。 服装は恥ずかしかったが、任務のためということでこらえている。 宿の質についてはちとアレだったが、安物の宿じゃよく眠れないなどと言えば 先代なら『この腑抜け野朗がッ!』と言われ説教されるだろうと思い諦めていた。 なんだかんだでそれなりに成長はしているようである。 もちろんエレオノールはそんなこと知ったこっちゃあない。 そこで、ルイズが話題を変えようとある事を言ったのだが…当然タブーのアレだ 「そ、そういえば姉様。ご婚約おめでとうございます」 瞬間、グィィっとつねりあげられる。痛そうってか痛い。 「ふみゃ!いだい!あう!」 「婚約は解消よ!か・い・し・ょ・う!」 「な、なにゆえにっ!」 「さあ?バーガンディ伯爵様に聞いて頂戴!なんでも『いいや、限界だッ!』だそうよ!とにかく!あなたは領地に戻ってなさい!」 空気の読めないルイズのおかげで、見事に本来の目的を思い出しルイズをさらに強くつねりあげる。 しかし、元ギャングにより多少なりとも成長したルイズだ。ただ黙ってつねられているだけではない。 「ふぇ…で、でも、もう昔のわたしじゃないの!絶対に戻らないんだから!」 「…ルイズ、あなた自分が何を言ってるのか分かってるの?」 「わたしだって、もう姉様につねられてるだけじゃないの!姉様だって、そんなだから…こ、婚約を解消されるんだわ」 最後の方は小声だったが、しっかりとエレオノールの耳に届く。 普通ならさらに怒りを呼ぶのだが、この前ストレートに言われていた事があるだけに、ものっそい効いた。 『かはぁ』と息が漏れ一気に凹む。それはもう普段からだと考えられない程に。 「ね…姉様…?」 言ったほうもこれには予想外で、ちょっと慌てている。 だが、少しするとゆっくりとエレオノールが顔を上げた。 「フゥ~~~…」 顔を上げながら、ゆっくりと息を吐くエレオノールを見て、ルイズがマジにヤバイと感じた。 こう、10年ぐらい修羅場をくぐり抜けたかのような目をしている。 (こ、この目は!あの時のプロシュートの目と同じ!) 殺る気だ。姉様は本気で殺りに来る気だと感じ取り後悔した。 「んんんん~~~!ダメね~~~!そんな怒った顔してちゃダメ!せっかくのトレビアンが台無しよ?スマイルが大事。ス・マ・イ・ル!」 そこにズイィィっと二人の間に割り込むのはご存知スカロン。 ルイズの目には天使に映った程のナイスなタイミングだ。 身をくねらせながらエレオノールに向き直り、二人がぶっ飛とぶ事を言った。 「せっかくだから、この際あたなもお店のお仕事体験してみない?ここで素敵な笑顔を身に付ければもっと輝くわよ」 あのエレオノール姉様が?有り得ない。聞いた瞬間ルイズが思った事がこれだ。 それは本人も同じで0.5秒で否定している。 「あら、残念ね。あなたになら、うちの服がとっても似合うと思ってたんだけど」 似合う。そう聞いてルイズが少し想像して、見てみたいと思い、試しに少し挑発してみる事にした。 「姉様『には』、笑顔なんて『無理』ですもの。たぶん、バーガンディ伯爵様もそれで…」 「なな、なんですってぇ~~~~!」 こうなってくると意地と意地の張り合いである。 両者とも似たタイプだけにそれは余計加速する事になった。 「あまり来たくはないんだが…情報源としては、ここが最適だからな…」 わざわざ、カトレアに用意して貰った竜が馬の変わりをしている馬車を使って来たのだが、来たくないと思う原因は、やはり精神的ダメージ元のスカロンだろう。 バレるという心配は一切していない。よもや老人に近い男が、同一人物だと思うやつは居ないはずだ。 こういう事に関しては結構応用が利く能力である。 一応フードも被っているのでこれで正体を見破れるやつは、余程の捻くれ者か何かだろう。 店に入ると、スカロンに応対されたが、やはりバレた気配は無い。 とりあえず、適当なやつに一杯奢ってなんか聞くかと周りを見渡すと思わず吹いた。 「……なにやってんだよあいつは」 何故かは知らんがルイズが働いている。老化した姿を知られているだけにちと計算外だ。 なるべく目深にフードを被り顔を隠すが、さらにアレなモノを見る事になる。 「……おったまげたな。マジでどうなってやがんだよここは」 元ギャングも月までぶっ飛びそうになる。それもそのはず、エレオノール姉様もそこに居た。 ルイズよりひきつった顔をしているが間違いなく本人だろう。 「しかし…なってねーな、ありゃあ」 しばらく二人を観察していたが、ここで働きトップエースの名を得ていた者から見れば、接客応対ほぼ全てが不可である。 辛うじてルイズは客とトラブルを起こす一歩手前で踏みとどまっているようだったが エレオノールに至っては、なんかもう色々と説教したい。 客の一人にワインを頭からかけた時なぞマジに出て行こうかと思った程に。 まぁ酔って手ぇ出そうとした客も悪いのだがいきなりあれは減点だ。 少しばかり騒ぎになりかけたが、そこは歴戦の店長スカロン。すっ飛んできてフォローを始めている。 逆に客が可哀想になるぐらいのアレだったが。 隅っこで見学を言い渡されたエレノールだが、キレないのは生意気にも『ちびルイズ』が挑発してきたせいだろう。 ルイズはアンリエッタ直々の任務を成し遂げたいという意地。エレオノールはルイズに、ああも言われて黙ってられるかという意地。 要は、一日限りの姉妹同士の意地と意地のぶつかり合いだ。 正直、よくやんな。と思い、つまみをかじりながら見ていたが、厨房にも知った顔を見付けた。 「オレの行く先、勢揃いってわけか?スタンド使いでもあるまいしよ」 これでキュルケとタバサも居たら、マジにスタンド使いとメイジは引かれ合うという新しい法則を作りそうになるとこだ。 視線の先にはマンモーニこと才人が店の刺繍の入ったエプロンを付け慣れない手付きで皿を洗っていた。 「ちょっと!お皿が無いじゃないのよ!」 「す、すいません!ただいま!」 「あ~もう、かしてごらん。布で両面を挟んでグィィっと磨くのよ」 怒鳴っている方にも見覚えはある。信じがたい事だが、スカロンの娘ことジェシカだ。 正直、これも聞いた時ベイビィ・フェイスが欲しいと思った。 そうこうしていると、皿が一枚割れる音が厨房から聞こえる。 「あー!なに割ってるのよ!」 「娘?あの店長の?」 「そうよ。ほら、しゃべってるだけじゃなく手も動かす!」 どうやら、向こうも同じ思いに到達したようである。 「ねえねえ、ルイズとどんな関係なの?貴族なんでしょ?あの娘」 「首突っ込まない方がいいぞ」 なるべく低い声で言うが好奇心の塊のジェシカさんには通用しない。 「んーじゃあ変わりにもう一つ。兄さんとはどんな関係?」 「…兄さん?誰?」 「プロシュート兄さんよ。結構前に金が必要だから働かせてくれって、来たのよ」 「あいつもここで?」 「うん。最初は、あんたと同じ皿洗いとか、酔ってどうしようもなかったお客の相手やってたけど、妙に手馴れた手付きだったし 猫の手も借りたいぐらい忙しかったから給仕してもらったんだけど、兄さんが給仕してから女のお客さんがすっごく増えたのよ」 マジですか。どんだけー。と思ったようで、半分唖然としながら聞いている。 「チップレースだって、あのまま辞めなかったら歴代最高記録だしてたわね」 半分ぐらいは叩き出した酔っ払いが置いていったものだが、まぁ気にしない。 「兄さんは貴族なんかじゃなかったけど、ルイズや一緒に来てた二人とも知り合いだったみたいだし…どうなの?」 「…知らねぇ」 「…ホントに?」 「知らねぇって」 「ホントにホント?」 ズィィっと身を乗り出し、才人に顔と胸を近づける。 胸元が開いているワンンピースなので才人の視線は、当然というべきかそこに釘付けとなっていた。 また貴様はアレか。そんなリンゴみたいな大きいのが好きか。 横目で厨房を見たルイズが見たものは、ジェシカの胸に視線を完全ロックオンしている犬の姿である。 そういえば、キュルケを筆頭に、あろうことか姫様の胸も観察してたかもしれない。 そう思うと、ルイズの髪がラブ・デラックスの如く逆巻いた。 こちとら、我慢してやってるのに犬は一体なにをやってるのかと。 兄さんことプロシュートだって、汚れ仕事やらされてきたんだから、わたしだって頑張ってみる。って事でやってたのだが 顔を弛緩させ、胸の谷間をガン見している才人を見て何かがキレた。 「あのヤロー、なにやらかす気だ」 下手に動けないので観察だけに止めていたのだが、明らかにキレたルイズが厨房に入っていくのを見た。 ありゃ長くねーな。と思い、視線を外したのだが、扉が開き新しい客の一団が入ってきた。 ポルポを2~3周り程小さくしたような大きさで、額に薄くなった髪をのっぺりと貼り付けさせている。 正直、まだコルベールの方が潔い。 見たところ、下級ながら全員貴族のようだった。 「これはこれは、チュレンヌ様。ようこそ『魅惑の妖精亭』へ…」 貴族の一団が入ってきた事に店が静まり返り、あのスカロンがもみ手をせんばかりの勢いで、それに近付いていく。 「ふむ。おっほん!店は流行っているようだな?店長」 「いえいえ…とんでもない!今日はたまたまと申すもので…」 「なに、今日は仕事ではなく客としてやってきたのだ。そのような言い訳などせんでもいい」 「お言葉ですがチュレンヌ様、本日はこのように、満席となっておりまして…」 「わたしにはそうは見えないが?」 それと同時に取り巻きの貴族が一斉に杖を抜くと、それに怯えたほとんどの客は酔いが醒め、一目散に入り口から消えてしまった。 残っているのは完全に潰れている客と、隅の方に居る数人だろう。 もちろん、プロシュートも残っている。さすがに、全員出るようなら目立つので出るかと思ったが。 「ふん、まあいい」 腹をゆらしながら、空いた真ん中の席に着くと、誰も来ない事にイラついたのか店に難癖を付け始めた。 「おや!だいぶこの店は儲かっているようだな!このワインはゴーニュのものだし そこの娘の着ている服はガリアの仕立てだ!どうやら今年の課税率を見直さねばならないようだな!」 取り巻きの貴族もそれに同意している中、厨房の中の三人が何者かと尋ねている。 「この辺の徴税官を勤めているチュレンヌっていって、管轄区のお店にきてはたかってくるの。 嫌なやつなんだけど機嫌を損ねたら、とんでもない税金をかけられてお店が潰れちゃうから、みんな言う事聞いてるの」 「トリステインの貴族の風上にもおけないわね…!」 プルプルとルイズが震えている。誇り高きラ・ヴァリエール家三女としては、ああいう手合いは許せないらしい。 「女王陛下の徴税官に酌をする娘はおらんのか!この店はそれが売りなんじゃないのかね!」 チュレンヌが喚くが誰も寄ろうとはしない。 「触るだけ触ってチップ一枚よこさないあんたに、誰が酌なんか。兄さんなら追い出してくれてるんだけどなぁ」 そこんとこ流石に無理とは思っているが、居ないからこそ、そう愚痴りたくなるものである。 ジェシカがそう呟くと、ルイズが出ていこうとする。あんなのが名前だけとはいえ、アンリエッタの名を騙っているという事が我慢ならんようだ。 だが、それより先にチェレンヌに近付く影が一つ。 「ね、姉様…!?」 エレオノールがワインが乗ったお盆を持って近付いている。 顔は微笑んでいるが、こめかみの方がピクピク動いている。 アレは確実にキレている証拠だ。 「なんだ?お前は?」 何も答えずにチュレンヌの前にワインを置く。 あくまで表面上は微笑を浮かべているのでキレている様子に気付いた様子は無い。 「なんだ、胸は小さいが…中々の美人ではないか。どれ、このチュレンヌ様が大きさを確かめてやろうじゃないか」 プッツン 止めの一撃。チュレンヌ自ら断頭台(ギロチン)の綱を断ち切った。 「こぉのトリステイン貴族の面汚しがァーーーーーーー!!」 テーブルに置いたばかりのワインを手に取ると、それをチュレンヌの頭に思いっきり叩き付けたッ! 「な、何をする貴様!」 周りの貴族が一斉に杖を抜くが、当然そんな事でひるむ人ではない。 「まったく…女王陛下の徴税官たる者が、その権威を笠に平民からたかるなどと言語道断ッ!」 ビシィッ!と腰に手を当て、仁王立ちで宣言する。 その雰囲気に気圧されそうになるが、ただの平民と思っている貴族達は杖を構えている。 「姉様!」 「ちびルイズは引っ込んでなさい!」 エレオノールの前にルイズが出るが、それを引っ込めようとしている。 もちろん、そんな隙を見逃さなかった貴族達が杖を振り上げたが、それより早く貴族達にワインの瓶が数本投げつけられた。 「……いい加減にしろ」 「サイト…」 エレオノールは『誰?』という感じだったが、それを投げたのは厨房から出てきた才人だ。 「き、貴様…よくも貴族に向けて…!」 「貴族?俺の目にはおっさん達は貴族として映ってねぇよ」 こいつは精神的にも貴族だッ!というわけではないが、少なくともチェレンヌを貴族として扱うなどできはしないのだ。 「こ、この者達を捕らえろ!死刑だ!死刑にしてやる!」 「誰が誰を捕まえるって?あいにく俺は、幸か不幸か伝説の力なんていうもんをもらっちまった…」 そううそぶき、背中に手を回すが、皿洗いしてた身、当然デルフリンガーは無い。 「ヤッベ…!邪魔だったから伝説を部屋に置いてきちまった…」 「こいつと、洗濯板娘『達』を捕まえろ!」 チュレンヌと取り巻きの貴族が杖を振りかぶる。 「タ、タンマ!」 もちろん、それで止まらない。 チュレンヌだけ、別の魔法のようで一足先に才人に向け杖を振り下ろそうとした。 「にゃ、にゃにぃ!」 数本歯が折れて、言葉が少しままならないチュレンヌが詠唱を終え、杖を振り下ろしたのだが、腕は何かに掴まれたように動かないでいる。 腕が動かない原因が分かっている者は、この場でただ一人。 「グレイトフル・デッド…なんで、オレが一々ケツ拭かなけりゃあなんねーんだよ」 そうは言うが、チーム一面倒見がいいこの元ギャング。しっかりフォローはしている。 近距離型ではあるが、腕を伸ばせばそれなりに射程はある。鍛えられていない人間の腕を止めるにはそれでも十分だ。 続いて、小型のロープが竜巻のように現れ、才人を包み込もうとしたが、その瞬間閃光が起きて貴族達を吹っ飛ばした。 その閃光が収まるとテーブルの上に仁王立ちになっているのは、ルイズだ。 『エクスプロージョン』が見事に炸裂したのである。 貴族達は入り口近くまで吹っ飛び慌てているが、エレオノールは慣れているようで同じく仁王立ちだ。 どうやら、未だに失敗による『爆発』だと思っているらしい。 「洗濯板は…ないんじゃない…?なんでそこまで言われなくちゃならないのよ。あろうことか姉様にまで」 10年間修羅場をくぐり抜けてきたスゴ味と冷静さを感じる目が貴族達をビビらせていたッ! 逃げ出そうとしているが、それよりもルイズが杖を振る方が早い。 入り口の前の地面が『エクスプロージョン』で消し飛び、大きな穴ができ、そこに貴族達が落ちていった。 「な、何者?あなた様達は何者で!どこの高名な使い手のお武家様で!?」 穴に落ちたチェレンヌを、養豚場の豚を見るような目付きでルイズとエレオノールが睨んできたので、そう尋ねた。 ものっそいプレッシャーである。 そして、そのままアンリエッタの許可証を無言で見せ付ける。 「へへ、陛下の許可証!?」 「わたしは女王陛下の女官で、由緒正しい家柄を誇るやんごとない家系の三女よ。この方はわたしの姉様。あんたみたいな木っ端役人に名乗る名なんてないわ」 「しし、失礼しましたァ!ど、どうかそれで命だけは!お願いでございます!」 チェレンヌが平伏し財布を差し出すと他の貴族もそれに習い、同じようにする。 涙目のルカも見習いたくなるような上納させっぷりである。 「今日見た事、聞いた事、全部忘れなさい。じゃないと命がいくつあっても足りないわよ」 「はいっ!誓って!誰にも口外いたしません!」 もんどりうって逃げていくチェレンヌを見送り、姉妹が颯爽と店の中に戻ると、スカロンを初めとした店の娘たちや、残っていた客から拍手が襲った。 だが、その中にフードを被った怪しい客は居ない。 「凄いわ!ルイズちゃん!お姉さんもかっこよかったわぁ~」 「あの徴税官の顔ったらねぇぜ!」 「胸がすっとしたわ!最高!」 客からはチップが飛び交い、スカロンやジェシカ、店の娘達がルイズとエレオノールを取り巻く。 だが、我に返ったルイズは、恥ずかしげに俯むいている。 「あ、あの…姉様…ごめんなさい…」 「ちびルイズ!」 「は、はひぃ!」 まず間違いなくつねられる。そう思って反射的に返事したのだが、次のエレオノールの言葉は予想外だった。 「帰るわ。任務を受けたのなら最後までしっかりやりなさい!」 「え…それって」 「父様と母様には、わたしからは言わないであげるけど、バレたら自分でなんとかなさい」 「あ、ありがとうございます!姉様ぁ~~~」 プロシュート兄貴とエレオノール姉様、やはりこのあたり同じタイプである。 「ふぁ…」 軽く欠伸をして、元の服に着替えたエレオノールが通りを歩く。 アカデミーの仕事がある。戻る時間も考えれば今日は徹夜かと思いながら帰路につこうとしたのだが、声をかけられた。 「乗っていかれますか?お嬢様」 「確か、プレストンとか言ってたわね…丁度いいわ。使用人風情が、このわたくしに、あんな無礼な事を言ったんですから覚悟はできて?」 「ああ、聞いてたのか。悪い」 エレオノールがそう言うと、口調が何時ものようにになる。 明らかに雇った方の人間に言う言葉ではないが、さっきの件で色々ムカついているエレオノールは気にした様子は無い。 「言いたい事はそれだけのようね?」 ぶっちゃけ言うと、洗濯板と言われた分も加算されている。 チェレンヌに報いを受けさせるつもりだったが、ルイズに先を越されたので鬱憤が溜まっているのだ。 お美事なまでの八つ当たりである。 ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ とスタンド使い同士の戦いが始まるかの如く空気が震えたが、戦いは起こらなかった。 「中々似合ってたぜ?『妖精さん』はよォ」 軽い含み笑いで、何気なくそう言ったが、エレオノールは『かうはぁ!』と息を吐いてその場に崩れ落ちた。 「み…見られていた…このエレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールのあんな姿を使用人に…」 「心配すんな。誰にも…クク…言わねーからよ」 一応公言する気はないと言ってはおいたが、聞いちゃいないようで顔を真っ赤にして崩れている。 多分、この先二度とお目にかかれないであろう姿だ。 よろよろと立ち上がり後ろの馬車に乗ったが、魂が完全に抜けているようで、ただ指でアカデミーの方角を指差すだけだ。 この日、エレオノールの頭の上がらない人物リストに『ラ・ヴァリエール公爵』『烈風カリン』に続き『プロシュート兄貴』の名が加えられる事になった。 エレオノール姉様―精神的にしばらく再起不能 プロシュート兄貴―燃え尽きたエレオノールを運ぶと、この後寝た。ちなみに、代金は払っていない。食い逃げである。 戻る< 目次 続く
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/460.html
朝もやの中ルイズが一人で馬に鞍を付けていた。 そこに足音が聞こえルイズがその方向に振り向く。 プロシュートがデルフリンガーを手に持ち朝もやを掻き分けるようにしてこちらに向かってきている。 もやに隠れてよく見えないが視線が合った気がして思わず視線を下に反らす。 昨日見せたあの冷徹な殺意を持った目を思い出したからだ。 「出る準備をしてるって事は、あの姫さんの覚悟はできたようだな」 改めてプロシュートと視線を合わせるが、もうスデにあの目はしていなかった。 それを見てルイズが昨日の事を問いただす。 「昨日はなんであんなに怒ってたのよ…?組織とか反乱とか言ってたけどそれが関係あるの?」 答えるのに少し躊躇したがプロシュートが口を開いた。 「あの時も言ったがオレ達チームはある組織に属し任務をこなしていた。 だが命がけで任務を成しても何一つ信頼されずに『シマ』…まぁこっちでいう領地みてーなもんだ。 それすらも与えられず使い潰されるだけだった。それを不満に思ったオレ達の仲間のうち二人が組織のボスの事を探ったが二人とも殺された」 さすがに暗殺チームである事やホルマリン漬けにされた輪切りのソルベの事は話はしないが話を続けた。 「それからしばらくしてオレ達はある情報を掴みそれがきっかけで組織を離反し その情報で掴んだあるものを奪取しようとして敵と戦い150キロの列車から突き落とされた時にオメーに召喚されたってわけだ」 「だからルイズ。オメーには命を救われたっつー借りがある」 それだけ言って話を打ち切り馬に鞍と荷物を付ける。 「…それでも、姫様の手を踏み付けるなんて下手したら処刑よ?」 「それでオレを処刑しようとするなら向かってくるヤツを全員始末するだけの事だ」 グレイトフル・デッドの射程なら魔法の射程外から老化させる事も可能の上、火を放てば氷も効かなくなり直触り並みの速度で老化もさせる事ができる やろうと思えばプロシュート一人でもこの国を滅ぼせれるだけの戦力は持っているのだ。 言いながらルイズを手で呼ぶ。 「……なに?」 スッパァーーz____ン ルイズの頭をプロシュートが叩きいい音が辺りに鳴り響いた 「~~~~~~痛ッ!痛いじゃない…!」 「人を『生き物』扱いしてくれた礼だ」 数秒沈黙が流れ―― 「なに…?気にしてたの?……意外とかわいいとこあるわね」 ルイズが痛がりつつ半笑いになりがら言い放つが、言われた方は2発目を繰り出すべく手を振り上げていた。 だがその手を振り下ろそうとした瞬間僅かだが自然に発生したものとは違う風を感じルイズを突くと同時にその反動で自らも後ろに飛び下がる。 さっきまで自分とルイズが居た場所に突風が吹き荒れた。 「敵かッ!」 「おお?やっと俺の出番か?兄貴ィ」 相手の素性が知れなくともこちらを攻撃してくるからには敵と判断し即座にグレイトフル・デッドを発現させデルフリンガーを抜く 敵の数、位置、そしてこの視界の悪さからして直触りを優先するより武器を持ち本体の強化を選んだ方が良策と判断した。 朝もやの中から一人の男が現れたがプロシュートはそいつに見覚えがある。 アンリエッタの出迎えの時に見た羽根帽子の男だ。 (王女の近くにいたからには親衛隊か…それに類する連中か。そいつが攻撃を仕掛けてくるって事は…やはりオレを始末するつもりか?) プロシュートの目が瞬時に昨日見せたあの目に切り替わりルイズが息を飲む。 (ヤバイ…!プロシュートのこの目はやると言ったら確実にやる目だわ…!それに間違いなく姫様が仕向けた刺客だと勘違いしてるし…!) この冷徹かつ殺意を持った目をしている時にこの国の王女であるアンリエッタの手を踏み付けたのだ。 次は躊躇無くこの刺客を殺し次に向かう目標がアンリエッタであろうことはルイズにも容易に想像できた。 だが羽帽子の男はその殺意の篭った視線に気付いたのか口を開いた。 「僕は敵じゃあない。姫殿下より君達に同行するように命じられた者で女王陛下直属魔法衛士隊、グリフォン隊隊長ワルド子爵だ」 だがそれを聞いたプロシュートは視線を合わせたまま警戒体勢を解こうとはしない。 「攻撃までしておきながらテメーが敵じゃあないと信じるマヌケが居ると思うか?悪りーが杖をこっちに投げでもしない限り敵として扱わせてもらう」 微塵も油断する隙すら見せないプロシュートに対して『やれやれだぜ』と言わんばかりに男が首を振った。 「すまない。婚約者が殴られようとしてるのをしているのを見て見ぬ振りはできなくてね。しかし…その用心深さは賞賛に値するよ」 味方と判別できない以上どちらか分からない者は敵として扱う。暗殺者として当然の行動だ。 だがプロシュートの頭に「婚約者だと?」と疑問が浮かんだがその答えはすぐ理解できた。 「ワルド様…!」 プロシュートに突き飛ばれて倒れていたルイズが震える声でそう言った。 「久しぶりだな、ルイズ! 僕のルイズ!」 ワルドは人懐っこい笑みを浮かべると、ルイズに駆け寄り、抱き上げる。 「お久しぶりでございます」 「相変わらず軽いなきみは!まるで羽のようだ!」 「……お恥ずかしいですわ」 「彼を紹介してくれたまえ。どうやらまだ信用されてないみたいだ」 ワルドがルイズを地面に下ろし、苦笑しながら帽子を目深に被ってそう言った。 「あ、あの……使い魔のプロシュートです」 ルイズがプロシュートを指差して言ったが当の本人は未だ警戒態勢を解いてはいない。 「きみがルイズの使い魔かい?……そうか、グラモン元帥の息子を決闘で打ち滅ぼした平民というのはきみの事だったのか」 「その事もあるがな…ルイズがオメーを信頼しててもオレがそのまま信用したと思わないでもらいてーな」 「ワルド様なら大丈夫よ…わたしが保証するから武器を収めてちょうだい…」 「俺の出番これd……」 頼み込むような顔で懇願してくるルイズを見てデルフリンガーを鞘に収める。もちろんグレイトフル・デッドは控えさせたままだ。 それを見たワルドが気さくな感じでプロシュートに近付いた。 「僕の婚約者がお世話になっているよ」 「………フン」 武器こそ収めたもののプロシュートの目は油断なくワルドを見ている。 「なるほど…その油断と隙の無さ。君があの『土くれのフーケ』を捕まえたという話も納得がいったよ」 そう言い放ち口笛を吹くと朝もやの中からグリフォンが飛んできた。 「さて…時間が惜しい、そろそろ出発するとしよう」 が、その時上空から羽音が聞こえ全員が上を向きルイズが驚いたように声を上げた。 「シルフィード!ってことはキュルケとタバサ!?」 地面に着陸したシルフィードからキュルケが降り立った。 「お待たせ」 それを見たルイズがキュルケに怒鳴る。 「何しにきたのよ!」 「あたしも昨日あそこに居たから話を聞いちゃってね一緒に行かないわけにもいかないし助けにきてあげたのよ」 タバサは何も知らずに寝ていたところを叩き起こされたため未だパジャマ姿でシルフィードの上で本を読んでいる。 ルイズが腕を組みキュルケと睨み合いを開始する。 ルイズを半ば無視する形でキュルケがワルドに迫るがそちらもほぼ相手にされていないようだ。 「馬はまだ慣れてねーからな、助かる」 それを尻目にプロシュートがタバサに礼を言いながら荷物をシルフィードの背中に乗せている。 フーケの事もありキュルケとタバサはそれなりに信用していいとは思うようになっていた。 「おいで、ルイズ」 ワルドがルイズを呼び抱きかかえたままグリフォンに乗り 「では諸君、出撃だ!」 グリフォンが駆け出したのを確認すると上空から三人の乗ったシルフィードが後を追っていく。 その光景を学院長室の窓から見ているのは昨日プロシュートに説教食らったばかりのアンリエッタだった。 プロシュートに左手を踏まれながら言われた言葉が心の奥底に引っかかっていた。 『生まれた時から平民を支配して当然と思っている』 実際そう思っている貴族がほとんどなため何一つ反論できなかったのだ。 「オールド・オスマン…彼は一体何者なのですか?」 実権を枢機卿が掌握しほぼ形骸と化しているが一国の王女に対して本気で怒りと殺意をぶつけてきた者がただの平民であるはずがないと思っていた。 「彼が言うにはハルケギニアではない別の世界から召喚されたと言っておりました」 「そのような世界があるのですか……?」 アンリエッタが遠くを見るような目になる。 プロシュートに踏まれた痛みがまだ残っているがそれを右手で押さえると小さな声で呟いた。 「『責任』と『覚悟』…ルイズ無事で…」 「さて…どうしたものかなこれは」 グリフォンとシルフィートを飛ばしてきたおかげでその日の夜中にラ・ロシェールの入り口に着いたのだが 峡谷を進んでいる所に襲撃を受け松明を投げ入れらていた。 「メイジが居ねーのなら次に飛んでくるのは弾ってのが順当なとこだな」 「なんでそんなに冷静なんだか…」 それに答えるかのように無数の矢がシルフィード目掛け飛来してくる。 キュルケは慌て気味だがタバサとプロシュートは何時もと変わらず冷静だった。 タバサが風の魔法で小型の竜巻を作りだし矢を弾きプロシュートが抜けてきた矢をグレイトフル・デッドで受け止める。 矢を受けた衝撃はフィードバックされるが傷にはならない。 「夜盗か…山賊の類か?」 「もしかしたら、アルビオン貴族の仕業かも……」 「貴族なら弓なぞ使わんだろう」 ワルドの呟きにルイズがはっとした声でその可能性を上げるが魔法が飛んでこない以上メイジは居ない事は確実だった。 「連中銃も2~3丁持ってやがるな」 「シルフィードを低空飛行させてたのが仇になったわね…」 矢なら風で弾き飛ばせるが単発式の旧式銃とはいえ弾丸なら風を突破して上空に上がろうとするシルフィードに届く可能性があった。 「崖の上から狙ってるから魔法も届かないわね…!」 「一着しかねーからやりたくなかったが…そうも言ってられねーようだな…」 デルフリンガーを引っつかんだプロシュートが崖の下に向かいものスゴイ速度で登り始める。 ルーンの効果で体が羽の如く軽くなっているのもあるがそれに加えグレイトフル・デッドの手で崖を掴み登っているため手を使わず飛ぶようにして登っているように見える。 矢がプロシュートを狙い飛んでくるがそれはワルドとタバサが風の魔法で全て撃ち落し銃弾は的が小さい上に連射できないで当たらない。 そして崖の上へ飛び乗り数秒すると 「タコス!」 「おっぱァアアーッ」 「ドゲェーーッ」 などの面白い叫びをあげながら弓と銃で狙っていた男達が崖を転がるようにして全て叩き落とし 崖の上から飛び降りるようにして降りてくるプロシュートが下に転がっていた男をクッション代わりにして着地した。 もちろん、降りる時もスタンドの手で適度にブレーキを掛けながらのため怪我は無い。……踏まれた方はそうでもなさそうに悶えているが。 「驚いたな…彼は平民なのだろう?崖から飛んだ時に落ちる速度が普通より遅かった気がしたが」 「兄貴ィ…そろそろ俺使って攻撃してくr…」 デルフリンガーを鞘に戻し崖から落ちてきた男達を半分蹴り飛ばしながら一箇所に集めワルドが杖を向け尋問を開始する。 「ただの物取りか…捨て置いてもいいだろう」 だが、その答えに納得いってないプロシュートが反論する。 「ただの物取りがグリフォンや竜に乗っていかにもメイジですって自己主張してるような 連中に仕掛けてくるわけねーだろうが。物を奪える相手を襲うから物取りって言うんだぜ?」 「だが彼らは物取りだとしか言わないが…何かいい手でもあるのかね?」 その言葉を後にして男達をルイズ達から見えない岩場に連れて行きしばらくすると… ズッタン!ズッズッタン! 「うんごおおおおおおおおおお!!!」 ズッタン!ズッズッタン! グイン!グイン! バッ!バッ! 「うんがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」 ズッタン!ズッズッタン…… 妙に軽快なリズム音と男達の悲痛な叫びがその場に流れてきた。 「白仮面とマントの男とナイフを土くれに変えた女に雇われただとよ」 言いながらプロシュートが岩陰から出てくる。 「その言葉信用していいのかい?適当な嘘でこちらを騙そうとしているかもしれないぞ?」 「人間死ぬよりヤバイ目にあった時は本当の事しか言えねーもんだ」 「ふむ…後ろにメイジが関わってくるとなるとこの先も襲撃されるかもしれないな。注意するとしよう。 とりあえず今日はラ・ロシェールに一泊して朝一番の便でアルビオンに向かうとしようじゃあないか」 ワルドがそう言いルイズを抱きかかえグリフォンに騎乗し街に向かう。 プロシュート達もシルフィードに乗りその後を追うが、その上でキュルケがどうやって男達を自白させたのか聞いてきた。 「なに、猿轡をして一人づつ順番にゆっくりと直に老化させていっただけだ 全力でやるとすぐに気絶しちまうが、加減しながらやれば自分がどうなっているか理解しながら老化していくからな」 ゆっくりとは言っても通常ありえない速度で自らが老化していくのである。 老化している物が若いのならなおさらだ。肉体にダメージを与える拷問より余程効果的といえる。 「敵には容赦しないのね……でもそこが素敵!」 「危険」 シルフィードの上でキュルケがプロシュートに抱き付こうとするがさすがに危ないと思ったのかタバサが突っ込んだ。 アンリエッタの手紙取り戻し隊 ― ヤバイ『ラ・ロシェールに』IN! ←To be continued 戻る< 目次 続く
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2238.html
「さて、準備はいいな」 風竜に跨りワルドは周囲を見渡した。 彼を取り巻くように集う竜騎士隊。 ワルドの姿を捉える彼等の眼には感情らしき物は感じられない。 内にあるのはワルドへの畏怖のみ。それが彼等を突き動かす。 満足したかのようにワルドは笑みを浮かべて腰に差した杖を抜いた。 「我々の目標はただ一つ。他には目もくれるな、それが何であろうともだ」 杖の先端が地上の一点を指し示す。 ここからでは豆粒のようにしか見えない標的。 それはアンリエッタ姫のいるトリステイン本陣ではなかった。 だが、それに何の反応も見せず彼等は指示された地点へと飛び立った。 遅れるように続くワルドの背を眺めながらフーケは呟いた。 「怪物にならなきゃ倒せない……そうまでして勝つ意味はあるのかい?」 トリステイン本陣より離れた丘の上。 そこに陣取ったバオーは群がる敵兵に苦戦を強いられていた。 敵は命を捨てて彼へと攻撃を仕掛けてきている。 それほどまでの覚悟を持った相手を殺さずに倒す。 到底出来る事ではない。だが、やるのだ。 無数に積み重ねた屍の上で泣く自分の姿をルイズには見せたくない。 壊されぬように“光の杖”を庇いつつ、彼は敵と刃を交える。 振り下ろした剣が蒼い刃に重なる。 倍以上の厚みはあろうかという大剣は、 糸を引くような容易さで薄刃に両断された。 武器を失っても尚、兵士は眼前の怪物に掴みかかる。 その腕を躱しながら懐へとバオーは潜り込んで衝突する。 鈍い音を立てて変形する兵士の鎧。 衝撃が内臓にまで届いたのか、その口元から血が零れ落ちる。 だが、それでも兵士はバオーの身体を掴む。 そして血液を吐き出しながら男は力の限り叫んだ。 「貴様は…生きていてはならんのだ!」 男の瞳にはアルビオンを蹂躙するであろう怪物の姿が映っていた。 祖国、家族、友人、様々な想いを背負った男がバオーの首を締め上げる。 しかし、それも一瞬。バオーは首を男ごと振り回して投げ飛ばす。 力ずくで引き剥がされた男が敵の集団の中を転がり巻き込んでいく。 それでも怯む事なく敵兵は我先にとバオーに押し寄せる。 その後方で足が竦む新兵を老士官が叱咤する。 「退がるな! あれは倒さねばならぬ敵、そして我々は……軍人だ!」 息巻くアルビオン軍とは裏腹にトリステイン軍の足取りは重い。 否。彼等の動きは完全に止まっていた。 ……目の前で暴風のように荒れ狂う蒼い獣の姿によって。 牙が鉄柱じみた槍を噛み砕き、前足の一振りで数人の兵士が弾き飛ばされる。 取り囲もうとした鉄砲隊が火矢と化した体毛に蹴散らされる。 檻の如く迫り来る幾多もの剣が横薙ぎに一閃されて断たれる。 トリステイン王国の為に命を惜しむつもりはない。 だが、正体さえ分からない怪物の為に戦う気力は沸きあがらない。 アルビオン兵は敵とはいえ同じ人間なのだ。 それを藁でも払うかのように蹂躙する怪物に彼等は躊躇った。 未だにバオーが誰も死なせていない事実に気付けば変わったかもしれない。 ギーシュやニコラの怒声も彼等を動かすには至らない。 この広い戦場の中、彼が仲間と呼べるのは一握りの人間だけだった。 「どいて! お願い邪魔しないで!」 ルイズが叫び声を上げながら人垣を押し退ける。 立ち止まった兵達の合間を縫うようにルイズは彼の下へと向かっていた。 彼のルーンを伝わって感じる孤独、それが彼女の心を苛む。 今すぐに伝えたい、私はここにいると。 たとえ世界が敵に回ったとしても私達はずっと傍にいる。 だから悲しまなくていい。誰からも理解されずに苦しまなくていい。 一緒にいてあげる。一人では背負い切れない力と責任だって二人なら、きっと。 「嬢ちゃん、上だ!」 デルフの警告がルイズの鼓膜に響く。 声に反応して上を向いた彼女の眼に竜騎士隊の姿が映った。 気付いた周囲の兵達が蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。 それに続くようにルイズも逃げ出そうとした。 だが振り返った先には逃げ場を塞ぐように飛来する火竜。 その瞬間、彼女は気付いた。 この竜騎士達の目的はバオーでも、集結した兵団でもなく―――。 「逃げろ! こいつらの狙いは嬢ちゃんだ!」 デルフの叫びは幾つもに折り重なった羽ばたきに紛れて聞こえなくなった。 竜の翼が生み出す突風に負けじとルイズは足を踏ん張る。 乱れた前髪が視界にかかって邪魔する中で、彼女はハッキリと彼の姿を捉えた。 自身を見つめて歪な笑みを浮かべるワルドの姿を。 近くに駆け寄るルイズと、彼女を包囲する竜騎士達。 その存在を触角とルーンで感じ取ったバオーは即座に行動に移した。 乱戦の中で“光の杖”を上空へと構え直す。 バオーの体を駆け巡る生体電流が咥えたコードから“光の杖”へと伝わる。 その瞬間、“光の杖”は本来の力を取り戻して起動する。 落雷に匹敵する莫大な電気エネルギーは光に変換されて放たれる。 高出力レーザーより放たれた光が火竜の翼だけを切り落とす。 高速で移動する竜が落ちれば無事では済まない。 だが、光が放たれるよりも早く彼等は竜より飛び降りた。 加速がついたまま、それを弱めようともせず地面へと吸い込まれていく。 咄嗟にレーザーで竜騎士達の手足を切り飛ばすも間に合わない。 衝突寸前でレビテーションを唱えた数人の騎士がルイズの近くへと降り立つ。 「ひっ……!」 トリステイン兵が悲鳴を漏らした。 その騎士の一人は完全に腕を失っているにも関わらず、平然とその場に立っていた。 まるで何かに操られる人形のように感情を失った眼がルイズへと向けられる。 直後、赤い血飛沫が周囲に飛び散った。 悲鳴を漏らしたトリステイン兵の喉が二つに裂かれる。 ルイズの傍に残った二名を除き、他の竜騎士達は手当たり次第にトリステイン兵を殺し始めた。 いかに数が多くともメイジを相手に統制も取れぬ状態では抵抗出来るはずもない。 駆けつけようとしたギーシュ達が逃げ惑う兵士達に阻まれる。 恐らくはそれが狙いなのだろう。 ただ足止めをするためだけに人の命を奪い取る。 ルイズが彼等に感じた感情は恐怖ではなく嫌悪だった。 「久しぶりだねルイズ」 あの時をなぞるようにワルドは彼女に言った。 だが、そこにいたのは実家の庭で会った青年でも、 ラ・ロシェールの森で再会した若き衛士でもなかった。 それは彼女が見た事もない、おぞましい存在だった。 自分を蔑むように見つめるルイズの視線。 しかしワルドは、もはや何も感じない。 憐憫を向けられた時に感じた揺らぎはない。 真っ向から自分を見据える少女。 その手には輝く“水のルビー”と“始祖の祈祷書”があった。 ワルドが一歩近寄る度に、ルイズが一歩下がる。 それが彼女が出来る最大限の抵抗かとワルドは笑った。 確かに彼女にはワルドと戦う力がなかった。 だが、それも少し前の話。 今の彼女にはワルドなど歯牙にもかけぬ力、“虚無”がある。 「……ワルド。それが貴方の本性なの?」 「さあな、僕にも分からんよ。そんな些細な事はどうでもいい」 この時、ワルドは気付けなかった。 彼女の問い掛けの意味に気を取られている間に、 ルイズの指先が抱えた祈祷書のページを捲っていた事を。 そのページには虚無の初歩の初歩の初歩、 『エクスプロージョン』の呪文が記されている事を。 彼は咥えた“光の杖”を近くにいたトリステイン兵士へと放った。 突然受け渡されて呆然とする兵士には構う事なく、 彼は続け様に“メルティッディン・パルム”を地面に放った。 溶解液が浸透した足場が瞬時にして泥と化す。 未知の攻撃にアルビオン兵達の間で混乱が生じた。 その機を逃さず、彼は兵士達の上を駆けた。 彼等の背を、頭を蹴り進みながらルイズへと直走る。 その彼の目の前で、ルイズは祈祷書を大きく広げて杖を掲げた。 「エオ―――」 「止めろ嬢ちゃん!」 虚無の詠唱を口にするルイズをデルフが制止する。 だが、どちらも手遅れだった。 彼女の鳩尾に深々と靴の爪先が突き刺さる。 一歩踏み出して放たれたワルドの前蹴りは呆気ないほどに容易く決まった。 「がはっ…」 詠唱の代わりに漏れるのは苦悶と唾液。 足を引き抜かれた瞬間、彼女は立ち上がる事さえ出来ずに膝をついた。 その彼女にワルドは警戒する様子も無く近寄って髪を掴んだ。 「今のは聞いた事もない詠唱だったが……まさか“虚無”か?」 「……………」 髪を掴んで引きずり起こしワルドは訊ねる。 だがルイズは答えようとはしない。 痛みを堪えながらワルドの顔を睨みつけた。 落とした祈祷書に眼を向ければ、ただの白紙。 しかし、ただのハッタリではない。 ほんの一瞬だったがワルドは確かな恐怖を感じたのだ。 彼女の沈黙を了承と受け取り、ワルドは続けた。 「だが迂闊だったな。“虚無”といえども詠唱できねば無意味だ」 「っ……!」 デルフが悔しげにワルドの言葉を聞き続ける。 そうだ。その為の使い魔であり“ガンダールヴ”だ。 だが、嬢ちゃんは相棒を想って引き離してしまった。 その事がここに来て裏目に出るなんて…。 過去を悔いても結果が変わる訳ではない。 それでもデルフは、もし自分が止めていればと思わずにはいられなかった。 直後、デルフリンガーの柄に手が伸びた。 掴んだのは細く白い指先。 痛みに震える手は握力を失い、カタカタと鍔を鳴らすだけ。 しかしルイズの眼は翳りを見せずワルドの姿を射抜く。 彼女の姿を無言でワルドは見つめる。 手足を震わせ、口からは荒い吐息で苦悶。 満足に剣を取る事もできずにふらつく足取り。 そこからは貴族らしい潔さも気品も感じ取れない。 それでも尚、彼女は勝てぬ相手に牙を剥こうとする。 かつての婚約者の醜態に思わず目を覆いたくなる。 拳を握り締め、ワルドは手の甲でルイズの左頬を打ちつけた。 ひどく鈍い音がした。ルイズの体が崩れ落ちる。 だが髪を掴んだ手が倒れる事を許さない 力任せに引き上げて彼女の顔を拝見する。 殴られたルイズの顔は赤く腫れ上がり、 口の中を切ったのか、唇から血が滴り落ちていた。 「……不愉快だ」 「ええ。私もよ」 それでもワルドは溜飲は下がらない。 何故ならルイズは今も恐れる事なくワルドを睨み続けているのだ。 ギチリと先程よりも固くワルドの拳が作られる。 ルイズは目を背けずに真っ向から向かい合う。 その刹那、ワルドは弾けるように背後に振り返った。 そこに立っていた騎士が杖ごと胴体を切断される。 切断面から噴水のように噴き上げる血液。 「ウオォォォームッ!」 蒼い獣が咆哮を上げてワルドへと迫る。 憤怒か憎悪か、激しい感情がその身を包む。 鍛え上げられた竜騎士を一太刀で屠る怪物。 だが、ワルドはその威容に歓喜さえも覚えた。 これだ。これこそが僕が倒すべき敵。 全てを賭けて挑む価値のある存在なのだ。 振り下ろされるセイバー・フェノメノン。 しかし、それはワルドの直前で止まった。 刃の先にあったのは盾にされたルイズの身体。 動きを止めたバオーの前足を風竜の牙が捕らえる。 ミシリという鈍い音と共に刃と装甲に亀裂が走った。 引き裂かれた傷口から溢れ出すバオーの血液。 バオーに喰らいついたまま風竜は宙を舞った。 その背にはワルドと服を掴まれたルイズを乗せて、 瞬く間に地上から遠く離れ去っていく。 片腕を封じられたバオーに容赦なく迫るワルドの杖。 それをもう一方のセイバー・フェノメノンで防ぐ。 だが貫かれた腕からは絶えず出血が続き、 枯れ枝が折れたような、骨が噛み砕かれる音が響いた。 その凄惨な光景を目にしてルイズは覚悟を決めた。 私の所為だ。今、アイツがやられているのは私の所為だ。 アイツ一人ならワルドにだって勝てるのに。 足手まといになんてならない。 ―――私だって戦えるんだ。 「ワルド!」 突然、名を呼ばれ振り返らずも視線だけをルイズに向ける。 彼女の眼は真っ直ぐに自分を捉え、その手は彼女の服に掛かっていた。 掴んでいるブラウスのボタンが既に幾つも外されている。 その意図に気付いた瞬間、彼女は止められる前に行動に移した。 「お別れよ」 掴まれたブラウスからルイズが袖を抜く。 直後、彼女の身体は宙へと投げ出された。 ブラウスだけを残して彼女は地上へと吸い込まれていく。 桃みがかった長い髪が風に靡いた。 彼が気付いた時には、主である少女の姿は視界から消えていた……。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1815.html
「船は出航できないのか?」 「風石の積み込みがまだです」 「必要最低限でいい、後は私の魔法で補う」 船員に手短に指示を伝えて甲板の上を見渡す。 そこにはワルドに命じられるまま準備を進める船員達の姿。 賊に狙われているという虚報、それが彼等を動かしていた。 言葉だけでは信じては貰えなかっただろうが、 街中で暴れ回るフーケのゴーレムを見た後なら話は別だ。 後少しでこの船は他の連中を置き去りにしてアルビオンに向けて発つ。 その予定だったのだが…。 (フーケの奴、しくじったな) いや、ミスではなく予定外の敵が現れたせいだ。 ゴーレムの周りを羽ばたく一匹の竜。 アレに邪魔されて足止めが出来なくなったと見るべきか。 偏在の眼がこちらに近づく彼の姿を捉えていた。 もはや出し惜しみしている場合ではない…! 「相棒、あの世界樹だ!」 デルフに言われるままに坂道を駆け上がってきた。 そして見えてきた物は一本の樹。 そこには果実が成るように船が停泊していた。 桟橋までの距離感が狂ってしまいそうなほどの巨大さ。 船は出ていない、まだルイズはあそこにいるのだ。 刹那、その彼の行く手を一陣の風が切り裂いた。 「な…!? 風のメイジか!」 デルフが驚きを隠せず声に出す。 咄嗟に足を止めた彼の眼前には地面に出来た裂け目。 土のメイジが岩より削り出した石床は固定化も掛けられている。 もし、これが人間相手なら鎧を着ていようが容易く両断されただろう。 視線を感じて彼が頭上を見上げる。 そこには薄っすらと浮かぶ重なり合う月を背にしたメイジの姿。 顔には白い仮面、手にはワルドと同じ戦闘用の杖。 風に外套をなびかせながら男は杖を下に向けて飛び降りる。 自重と風の加速を乗せた突きの一撃。 避け切れないと判断した彼は咄嗟に迎撃の構えを取った。 『シューティング・ビースス・スティンガー』 無数に放たれる針は地面に辿り着く前に男を焼き尽くす筈だった。 それが男を取り巻く風に散らされていく。 いかに勢いがあろうとも重さのない針では風の壁は貫けない。 剣と杖、互いの得物が相手へと向けられる。 交錯する一瞬、両者の間に鮮血が散った。 着地と同時に反転しワルドは彼へと振り返った。 ぽたりぽたりと零れ落ちる鮮血。 それは額を抉られた彼の傷口より落ちた物。 そのままエア・ニードルで脳を突き刺すつもりだった。 だが直前で自ら首を捻り突きを逸らしたのだ。 そんな判断を戦闘経験の浅い犬が出来る筈がない。 つまりは…これがガンダールヴの力か。 あらゆる武器を使いこなし達人の域に引き上げる伝説のルーン。 人間ならまだしも犬までもとは何とも規格外な代物だ。 もう少し深く踏み込んでいれば避けようはなかった。 しかし、それはこちらも同じか。 半ばまで裂かれた外套を邪魔にならぬように自ら破り捨てる。 完全に振り切られていれば両断されてもおかしくなかった。 辛うじて制したのは直線である刺突と曲線を描く斬撃の差のみ。 剣を咥えている相手には突きは出来ない。 純粋な剣技となれば僕に分がある。 加えて魔法を組み合わせれば敗北はない。 だが、それは相手がただの犬であったならばの話。 ワルドの眼前で彼の姿が変形していく。 金色の瞳を輝かせる蒼い異形の怪物。 異世界の錬金術師が創り出した狂気の産物にして、 文字通り世界を破滅へと導く魔獣。 その姿を前にして覚悟を決めた。 先ほどの攻防など前哨戦に過ぎない。 ……ここからが本当の勝負だ。 こちらの常識など何も当てには出来ない。 己が持つ全ての能力を駆使し討ち果たす。 最悪、時間稼ぎが出来るならそれでいい。 「バルバルバルバルッ!!」 バオーが吼える。 飛び掛る彼の両足には刃。 『リスキニハーデン・セイバー』 同時に迫る三本の刃を杖で受け流し捌く。 鋼鉄も切り裂く刃を相手にしても、 相手の杖が両断されないのは強度によるものではない。 刃筋を風でずらして受けているのだ。 その技量を間近で見たデルフは感嘆の声を漏らした。 相手は並のメイジではない。 しかし、それを言うなら相棒は並の生物ではない! 「くっ!!」 ワルドの足が徐々に後退していく。 既に次の魔法の詠唱を終えているというのに、 バオーの苛烈な攻めは彼に杖を振る暇を与えない。 普通の人間ならとっくに酸欠になっているだろう。 だが暴走した馬車のように相手は止まる事を知らない。 両足のセイバー・フェノメノンを受け止めた直後、 とん、と軽い音を立ててワルドの背が民家の壁に衝突した。 「しまっ……!」 逃げ場を失ったワルド。 そこに渾身の力を込めたデルフの横薙ぎが放たれた。 固定化を掛けた岩を裂きながら迫る刃を地に這い蹲り避ける。 続けて襲い来る前足のメルティッディン・パルムを躱し宙へと逃れようとした。 だがその刹那、縫い止められたように動きが封じられた。 見れば壁に突き刺さった刃を離し、自分の外套に喰らいつく怪物の姿。 目に映った光景に戦慄が走る。 「うおおおおおお!!」 瞬間、世界が凄まじい勢いで回転した。 まるで人形で扱うかのようにワルドを振り回す。 知らされていたが、これほどのパワーだったとは…! このまま叩き付けられれば壁面を彩る赤い塗料と化すだろう。 意識が吹き飛びそうな加速の中、咄嗟に外套を切り離し今度こそ宙へと逃れる。 そして民家の屋根に飛び乗ったワルドへと再び彼が襲い掛かる。 しかし、それは放たれたエア・ハンマーに弾き飛ばされた。 (……やはりそうか) 迫り来るバオーを迎撃しながらワルドは勝利を確信した。 彼の決定的な弱点、それは対空能力の低さだ。 空を飛べず、高く飛び上がれば無防備な姿を晒す。 その状態では魔法を避ける事さえ出来ない。 唯一の飛び道具である『針』も風に阻まれれば届かない。 火竜や風竜は彼にとって天敵となる。 「大丈夫か相棒!?」 壁に食い込んだままのデルフの下へと彼が歩み寄る。 剣を手にした所で今更この圧倒的優位は揺るがない。 そう思いながらワルドは眼下の敵を見下ろす。 しかし彼はデルフを引き抜かなかった。 前足を壁へと当てたまま動こうとしない。 何をしているのか?と疑問に思うも下手に動くのはマズイ。 誘っているのかもしれないと警戒しワルドは様子を窺う。 しかし突然、彼の足元がぐらついた。 安普請だったのかという考えは瞬時に否定された。 自分の足下だけではない、天井そのものが崩壊していく。 「まさか…!?」 フーケから聞かされた話を思い出す。 怪物の出す溶解液、それは触れている部分だけではなく全体にも浸透する。 奴はそれを利用して足場を破壊したのか。 触れてさえいれば城でも船でも溶かせるというのか。 何というデタラメ…! 崩れ落ちる民家から離れようとした直後、 剣を咥え弾丸のように迫る蒼い怪物の姿が目に入った。 フライもレビテーションも間に合わない。 咄嗟に受けようとした杖を両断しデルフリンガーが縦に一閃された…! 「っ……!」 偏在から送られてくる感覚が途絶えた。 その直後に見えた映像に自身が裂かれたような錯覚を覚える。 やはり想像以上に恐ろしい怪物だ。 万全の状態で挑んでいても勝てたかどうか…だが! 「…私の勝ちだ」 索を外され船が桟橋より離れていく。 空を飛べぬ身ではもはや追いつけはしまい。 そして私はアルビオンで手に入れる、ルイズと虚無の力を! 着けられなかった奴との決着はその時だ。 奴の弱点と急所を知った今では無敵の存在には成りえない。 次こそ確実に奴を討ち取ってみせる。 切り裂かれた男の身体が風と共に消える。 血飛沫どころか屍も残さずに消滅したのだ。 やはり人ではなかった。 彼は男から異質な感覚を感じ取っていた。 それはフーケの使うゴーレムに近い物。 人の姿を真似ていても人とは決定的に何かが違う。 だからこそ彼は躊躇なく破壊したのだ。 「これは偏在ってヤツだな、多分」 風のメイジが使う分身みたいなもんだ、とデルフは説明する。 それはつまり本体が別にいる事を意味する。 今度は勝てたが次はどうなるかなど予想は付かない。 だが、それは後でもいい。今は一刻も早く桟橋に…! そうして彼が目にしたのは桟橋より離れていく一隻の船。 他に船はない、ならばアレにルイズは乗っているのか。 雄叫びを上げるも届いているのかさえ判らない。 自身の跳躍力を以ってしても船に飛び移るのは不可能。 見上げた彼の視界の端に何かが映った。 それは天にまで届かんとする巨木。 …いや、まだ出来る事はある! 桟橋である世界中の根元に彼は走った。 それに遅れるようにアニエスも桟橋へと到着した。 彼女もまた去っていく船の船尾を見上げて下唇を噛む。 「くっ…間に合わなかったか」 ギーシュから託されていながら何たる体たらく。 次の便はいつになるか判らない。 再び彼女達と合流できるかは疑わしい。 (私にはこのまま見送る事しか出来ないのか) 悔しがる彼女の目に飛び込んできたのは見た事もない蒼い獣。 それを恐れて桟橋にいた連中は次々と逃げ出していた。 「あれも連中の手先か…?」 剣に手を掛ける彼女の下に獣は走り寄る。 来ると警戒した彼女に掛けられる親しげな声。 「よう! アンタも無事だったのか?」 「その声は…デルフか! だとするとコイツは…」 「相棒に決まってるだろ」 「………!?」 デルフの言葉にアニエスは驚愕した。 ただの犬ではない事は知っていた。 だが、目の前にいるのは正しく怪物。 こんな生物、彼女は見た事も聞いた事もない。 彼の変貌した姿に歴戦の勇士である彼女も怯んだ。 それを判ってか、それとも判らずにかデルフが続ける。 「俺達はあの船を追うけど、アンタはどうする?」 その一言で彼女は我に帰った。 たとえ、ミス・ヴァリエールの使い魔が何者だろうと関係ない。 彼等もまた私やギーシュと同じ任務を果たそうとする仲間。 今考えるべきはこれからの事だ。 つまらない事にこだわっている余裕はない。 「是非もない」 「よっしゃ! じゃあ相棒に掴まりな!」 言われるがままに彼の背に飛び乗り、しっかりと腕で身体に掴まる。 きっと振り落とされないようにしろという意味だろう。 (あれ…?) よく見るまでもなく彼には翼など生えていない。 それで一体どうやって追いかけるというのか。 その疑問は目の前で起きた大惨事に掻き消された。 ラ・ロシェールの象徴ともいえる世界樹が地響きを立てて傾いていく。 「な……なななな…!?」 「地盤は十分に溶けてたみたいだな、これなら行けるぞ!」 アニエスは知らない、この惨事を引き起こしたのは彼等である事を。 メルティッディン・パルムで樹の根元を既に溶かしていたのだ。 そしてアニエスを乗せたまま、樹の幹に飛び乗る。 「行くってどこへ!?」 「船の上に決まっているだろう」 「どうやって!?」 「どうって…飛ぶんだよ」 そこで二人の会話は途切れた。 樹の天辺を目指し彼は幹を駆け上がる。 瞬く間に彼は空気が壁と化す速度に到達した。 筋肉・骨格・腱に与えられた圧倒的な力。 それを総動員し彼は弾丸と化した。 そして助走をつけて空へと撃ち放たれる…! 「引き返して! まだ皆が…」 「落ち着くんだルイズ!」 船員に掴み掛かる彼女をワルドが止める。 涙ぐむ彼女の瞳を見て心苦しく思うが致し方ない。 これが最善の処置だったと自分を諭し説得する。 「君も判っている筈だ、これは任務なんだ。 優先されるのはその達成、他の事に構っている余裕はない」 「でも、それじゃあ…」 「彼等だってそう思っている筈だ。 ここで引き返すのは彼等の思いを踏み躙る事になる。 僕達には一刻の猶予だって残されていないんだ」 「……………」 それで納得してくれたのか俯きながらルイズは口を閉ざした。 彼女も判っているのだ。 今もフーケのゴーレムと戦っている友人達、 宿で足止めをしているミスタ・グラモンとアニエス。 彼女等が何の為に、誰の為に戦っているかという事を。 慰めようとルイズの肩に手を掛けようとした瞬間、轟音が周囲に響き渡った。 船に乗った誰もが甲板に上がり外の様子を窺う。 巨大な世界樹、ラ・ロシェールの桟橋が傾いている。 一体何が起きたのか戸惑う中、それは現れた。 桟橋の上を走る一匹の蒼い獣、その背には女性、口には剣を咥えている。 それを見ていた彼女の表情に喜色が戻る。 自分には見せた事がない本当の笑顔。 そして獣は飛んだ。 恐らくは誰もが目を疑っただろう。 羽ばたく翼も滑空する羽も持たずに宙を舞う。 そんな非現実的な光景を目にしているのだから。 だが、私はそれを受け入れた。 アレは自分の知る常識など通用しないのだ。 だから何が起きようとも驚く必要はない。 そういう生物なのだ、あれは…! 砲弾が描く軌跡のように彼は船上へと舞い降りた。 彼を迎え入れたのは恐怖に慄く船員達でも、 覚悟も新たに見つめるワルド子爵でもなく、 涙を零し自分を抱きしめてくれた主の姿だった…。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1707.html
モット伯の屋敷の前、聳え立つ正門を見上げる。 その門番なのだろうか、武装した衛兵二人が彼に気付いた。 一人はその場に残り門を守り、もう一人がこちらに近づいてくる。 「…さて準備は良いか? 相棒」 デルフの言葉に黙って頷く。 元より自分の覚悟は出来ている。 彼が雄叫びを上げる。 それは戦いの始まりを告げる鐘の音だった。 「何の騒ぎだ!?」 耳障りな獣の鳴き声にモット伯が怒りを露にする。 風呂で身体を洗ってワイン片手に、機嫌良くシエスタを待っていたのだ。 しかし、さっきから聞こえてくる鳴き声によってモット伯の気分は害された。 「とっとと黙らせろ!」 「そ、それが……」 激昂するモット伯に怯えながら、 しどろもどろになりつつも衛兵が弁明する。 だが、どう説明すればいいのか。 正門前の状況は衛兵の理解を超えていた。 「おい……どうしたんだ、お前達?」 背に羽が生えた異形の犬を衛兵は嗾けた。 犬を普通に追っ払ってもまた戻ってくる事が多い。 だから犬を嗾けるのが一番の対処法だった。 少なくともそれは確実な手段だった……この犬が現れるまでは。 犬の足が止まる。 見ればそれは小刻みに震えていた。 訓練された犬は相手が誰であろうと恐れない。 たとえ銃を持っていようとメイジであろうと立ち向かう。 その犬が怯えている。 まるで怪物と対峙しているかのように固まる。 彼等は理解していた。 訓練によって研ぎ澄まされた鋭敏な感覚が、 目の前の犬が尋常の物ではないと告げていた。 “触れれば死ぬ”そんな言葉が頭に過ぎる。 まるで冗談のような存在だ。 そもそも生物として質が違う。 生きる為に存在しているんじゃない、 この怪物は“殺す”為に存在している。 これは獣の形をした『兵器』なのだ…! 命を捨てる覚悟は出来ている。 だが死ぬのは自分達だけではない。 この怪物に挑んだ瞬間、戦う事さえ出来ずに八つ裂きになるのは明白。 そうなれば次に犠牲になるのは背後に立つ主人である衛兵達。 決して相手を刺激してはならない。故に動けない。 番犬のただならぬ様子に衛兵も動けない。 死をも厭わぬ獣が見せる恐れは彼等にも伝わった。 吼え続ける犬を彼等はただ黙って見ているしかなかった。 「さあ、さっさとモット伯を出してもらおうか。 じゃねえと相棒は屋敷の前でずっと吼え続けるぜ」 風を切りシルフィードの巨体が宙を舞う。 その背に乗せているのは四人の男女。 「もっと急いで!」 「………了解」 ルイズの声に寝ぼけ眼を擦りながらもタバサが応じる。 シルフィードの耳元で何事か囁くと更に速度を増す。 ルイズは焦っていた。 思った以上に時間を食い過ぎたのだ。 馬では追いつけないかもしれないとタバサを呼びに行ったまでは良かった。 しかし完全に熟睡したタバサを起こすのは大変だった。 ゆさゆさ揺さぶっても完全に夢の中に落ちたまま。 本を読んでる時や食べている時と同じで、なかなか落ちない油汚れ並みの頑固さだった。 この時点で馬で行けば良かったと思うのだが、 遅れを取り戻そうと焦り冷静な判断を失っていたのだ。 “眠れる姫を起こすのは王子のキスと決まって……” 戯言を抜かすギーシュをエアハンマーで吹き飛ばした所で彼女はようやく目を覚ました。 説明しても未だ寝ぼけたままなのか、うつらうつらしてる。 ようやく状況を飲み込んだ彼女がパジャマ姿のまま杖を取る。 服ぐらい着替えなさいよ、とキュルケに注意されて彼女はパジャマのボタンに手を掛けた。 ギーシュ達が居るその場で何の躊躇もなく。 キュルケがその手を抑え、私が上から毛布を被せる。 慌てて後ろを向くコルベール先生とフレイムに焼かれるギーシュ。 こんな調子のタバサでは役に立たないと彼女が覚醒するまで待っていたのだ。 タバサを目覚めさせるのには成功したが、今度はシルフィードがダメになっていた。 口から緑色の泡を吐きながらピクピク痙攣する彼女。 何かの奇病かと焦る一行にタバサは『好物の食べ過ぎが原因』と簡潔に説明した。 とりあえず水を流し込んで胃の中を洗浄する。 そのついでに顔に樽一杯分の水を掛けて叩き起こす。 しばらくしてなんとか起き上がったものの足取りがおぼつかない。 フラフラするシルフィードを見て、馬にすれば良かったと後悔するも時既に遅し。 もう猶予は無い、下手をすれば既に屋敷に乗り込んでいるかもしれないのだ。 致命的な遅れを挽回するにはシルフィードでなくてはダメなのだ。 「どうにかならない?」 「……やってみる」 キュルケに言われ、タバサがシルフィードに歩み寄る。 そして小さく二言、三言囁くと風竜は翼をはためかせて本来の威厳を取り戻した。 心なしか顔が青ざめているように見えたけど、この際関係ない。 動けるものなら何でも使う、そうせざるを得ない状況なのだ。 「あまり無茶はしないように!」 「はい! 後の事はお願いします!」 いくら風竜とはいえ人数が多ければ速度は落ちる。 コルベール先生を残し、シルフィードの背に乗る。 ついでにギーシュも置いていこうとしたのだが、 しっかりとへばり付いてシルフィードから離れない。 時間も無いので、このまま連れていく事になった。 「責任の一端は僕にもあるからね」 「はいはい」 口に薔薇を咥えたままのギーシュに適当に相槌を打つ。 モット伯の屋敷を教えたんだから一端どころかモット伯の次ぐらいに責任がある。 それなのに平然とした顔しているこいつが気に入らなかった。 「大丈夫だって。相手がトライアングルのメイジでも彼なら……」 「それが問題なのよ!」 そもそもギーシュの考えは論点がズレてる。 勝ち負けなんて関係ない。 王宮の勅使に手を出す事自体が大問題なのだ。 ましてや、あいつは並の使い魔じゃない。 もし全力で暴れようものなら……。 小さな部屋でその衛士は椅子に座っていた。 組んだ指先がカタカタと震え、顔面は蒼白。 正気を失いつつあるが、それでも彼は職務を全うしようとした。 そして、ぽつりぽつりと目にした事を呟く。 “最初はやけに静かだなって思ってたんです” “門番もいないし、扉も開けっぱなしだったんです” “なんだ、何もないじゃないかって……その時、気付いたんです” “足元が…赤絨毯じゃなくて……血だったんです” “怖くなって人を探したんです。もう誰でも良かった” “捜索の途中で部屋から光が射しているのを見かけたんです” “だから誰かいるんじゃないかって覗いてみたら……燃えていたんです、人が…” “モット伯? モット伯爵は見つかりませんでした” “いえ、それらしき『物』ならありました……” “私室にあったんです。服や杖は伯爵の物だったんですが…” “その下にあったのはドロドロに溶けた『何か』だったんです” 「マズイ……確かにそんな事になったら……」 ギーシュが頭に浮かんだ最悪の予想を振り払う。 それで取り返したとしてもメイドがいなくなっていればすぐに気付かれる。 そうなればシエスタが学院のメイドだった事が判明し、そこから彼へと捜査は及ぶだろう。 使い魔の責任は主であるルイズの責任。 最悪、ルイズは縛り首。使い魔の方は解剖されて実験台。 いや、だけど彼の力なら衛士隊とも渡り合えるかもしれない。 “トリステイン王国VS究極生物!” そんなチープなタイトルが浮かんでしまった。 冗談じゃない…! 早く止めないと笑い話じゃ済まなくなる! 風竜が空を翔る。 目指すモット伯の屋敷は間もなく見えてくるはずだ。 「それで私に何の用かね?」 頬杖をつきながら至極不満そうにモットは応対する。 その視線の先には薄汚い犬。 これからお楽しみの時間だというのに邪魔をされて最悪の気分だった。 「なに、伯爵様に是非見てもらいたい物があってな」 ソリには布が掛けられていた。 その布の端を彼が咥え引き抜く。 途端、露になるソリの中身。 「……! 何ィ、まさか、それは…!」 積まれていたのは雑誌だった。 それもただの雑誌ではない、いわゆるエロ本だ。 いくら『ドレス』の研究員とはいえ、研究所に缶詰では溜まる物もある。 そういう時に『こういう物』のお世話になっていたのだが、それが資料に混じっていたのだ。 『異世界の書物』に興味があると聞いた彼はふとコルベールの事を思い出した。 そう。バオーに関する資料もまた『異世界の書物』なのだ。 そしてコルベールが要らない資料があると言ったので内緒でぱくってきたのだ。 頭を下げたのはその謝罪。 そして、彼が適当に持ってきた本はモットの好みに直撃した。 「……………」 モットの視線が本に釘付けになっている。 つつつとソリを引っ張ると釣られてモットの視線も動く。 更に動かすと今度は椅子から立ち上がった。 「それじゃあ機嫌悪いみたいなんで出直すわ」 「待ちたまえ! 話を聞こうじゃないか!」 そそくさと出て行こうとする彼をモットが焦り呼び止める。 モットの不機嫌など完全に吹き飛んでいた。 もしデルフが笑えたらきっと笑っていただろう。 『よし、餌に食いつきやがった』と。 「分かっているとも。あのメイドだな? すぐに解雇しよう。勿論まだ手はつけておらん」 「おいおい伯爵様よー。こっちはかの有名な『異世界の書物』だぜ? メイド一人と交換で済むと思ってんのか?」 「むう……」 モットは自分の髭に手をやった。 これはただの脅しだ。 連中にしてみればあのメイドを助ける事が重要であって、 本の値を吊り上げるのはついでに過ぎない。 だから、ここは強引に押し切っても大丈夫だろうと踏んだ。 「…悪いが、それ以上の条件は呑めんな」 「じゃあ、この話は無かった事で」 「待ちたまえぇぇぇーーー!」 あっさりと引き下がろうとする犬を慌てて呼び止める。 まさか、そう来るとは思ってなかったのか、予想外の展開に振り回される。 デルフとてシエスタを助ける事が第一だと思ってる。 しかし、それでシエスタを助けた所で今度は他の女性が犠牲になるだけだ。 だからモット伯から搾り取れるだけ搾り取って新しいメイドも雇えないようにしてやろう。 そういう考えがあったのだ。 「そうだな。屋敷にいるメイドで実家に帰りたい連中全員ならいいぜ」 「くっ……! いや、しかし、それは…」 「考えてもみろよ。メイドにだって給金払ってるし、維持費だってバカにならねえだろ? それが貴重な本に代わるんだぜ? 『固定化』かければ維持費なんて必要ないだろ? 長期的なスタンスに立ったらメリットだけが手元に残るんだぜ。メイドも一生若いままじゃねえんだし」 「なるほど、それもそうか…」 昔取った杵柄というべきか。門前の小僧習わぬ経を詠むというべきか。 武器屋の親父の所で年月を過ごしたデルフは、こういった駆け引きが得意だった。 そりゃあもう口八丁で良い点ばっかり強調して商談を成功させた。 早く早くと急かすモットを落ち着けてメイドたちが先と念を押す。 その後、集められたメイドの数はデルフの予想を遥かに上回っていた。 モット伯の欲深さに正直、呆れるばかりである。 だが、シエスタを除き皆の表情は暗い。 元よりモット伯に身体を弄ばれた者達だ。 このまま故郷に帰っても肩身も狭いのだろう。 嫁ぎ先も決まるかどうかも怪しいし、 元々貧しい出の者も多いだろうから生活も苦しくなるだろう。 だが、そこもデルフの計算の内だった。 メイド達を確認すると本を手に取る様にモット伯に促す。 「おお…ついに『異世界の書物』が我が手に…!」 感極まった声でモット伯がソリに載せられた本に手を伸ばす。 そして持ち上げた瞬間、驚愕の声を上げた! 「何ィィィィーーーー!!」 『異世界の書物』の下には、もう二つ『異世界の書物』があった。 つまり! 『異世界の書物』は『三冊』あった! 彼がぱくってきた雑誌は三冊あった。 万が一の事態を考慮し多めに持ってきたのだ。 勿論、指示したのはデルフである。 何も無ければ返せば良いと実弾を増やしてきた。 「さて、二冊目なんだが……」 「っ………!」 モット伯の威厳がデルフに呑まれていく。 正に魔剣と呼ぶべき迫力。 それを以って、ぼそぼそと伯爵に耳打ちする。 「メイド一人当たりに、これだけの退職金を支払うという事で」 「……! おまえ、それだけあったら酒場が一つ経営できるぞ!」 しかもメイド一人当たりである。 合計すれば金額は更に跳ね上がる。 どれぐらいかというとモット伯の屋敷の金庫の中身ぐらい。 こう見えてもモット伯は老後の心配もする慎重派。 蓄えは常に持っておかないと心配な人なのだ。 それが空になるというのは流石のモット伯も腰が引けてしまう。 だが、悪魔の囁きがそれを覆した。 「これ、さっき買ったのの続きなんだけどよ……本当にいいのか?」 「!!!」 コレクターにとって揃える事は何よりも重要である。 たとえ、中に何が書いてあるか分からなくても揃っているだけで価値はある。 逆にいえば、いくら価値がある物といえど揃わなければ価値は半減。 「さあ、どうする?どうする?」 「…いや、それは、急に言われてももう少し考えさせて……」 「そっか。じゃあご縁が無かったという事で」 「むぅぅあぁぁちぃぃたまえぇぇぇーーーー!!!」 金庫から運び出される金貨や金塊の山。 それを平等に彼女達へと分配していく。 新しく人生をやり直すための資金だ、多いに越した事はない。 最初は面食らっていたものの、ようやく飲み込めたのか感謝の言葉を口に出す。 笑顔を見せる者、中には涙を零す者もいた。 「いいって、いいって。実際には伯爵様が出してんだからよ」 「……ああ」 反面、モット伯は燃え尽きかけていた。 資産の大半を注ぎ込んだのだ、枯れ果ててもおかしくない。 しかし、そういった人間もまた悪魔にとっては標的にすぎない。 「実はよー、これ三部作なんだな、これが」 「………!!?」 そして悪魔は再び囁く。 モット伯を破滅に導く為に…。 「………………」 彼女たちは言葉を失っていた。 風を切り、吹き抜ける風を物ともせず、 ようやくモット伯の屋敷に辿り着いた彼女達が見た光景。 それは鎧や絵画などの財宝を満載した馬車にメイド達を侍らせ、 悠々と衛兵達に見送られる自分の使い魔の姿だった。 何が起きたのか、それともこれは夢なのか。 横に立っているギーシュの頬を捻り上げ確かめる。 「なあ、本当にこれで良かったのかね?」 頭に冠をかぶった相棒にデルフが話し掛ける。 悪ノリした自分もどうかと思うのだが、良くある悪者退治には程遠い。 魔王の城に乗り込んで破産させたなんて話、聞いた事がない。 こんな結末で良かったのかと彼に尋ねた。 「わん!」 実に軽快な返事。 これでいいのだ、と彼は答えた。 どんな結末だろうと自分は後悔しないようにやったのだから。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1864.html
空洞内に吹き荒れる嵐。 それは怒涛のように押し寄せて彼を切り裂き、打ちつけ、巻き上げる。 巨大といっても縦横無尽に広がっている訳ではない。 奥行きと高さは相応の物があるが幅は道幅程度しかない。 故に、左右への回避には限界がある。 その地の利を理解した上でワルドはここを戦場に選んだ。 迫り来るバオーをエア・カッターが迎撃する。 それはラ・ロシェールでの戦いの焼き直しだった。 いくら近付こうとも接近さえ出来ない。 バオーの脚力も跳躍力もここでは満足に生かせない。 今のままでは剣士が銃に挑む事に等しい。 深く切り刻まれた足で必死に石床を掴む。 一度でも膝を屈すればそこで終わる。 足を止めた瞬間、風の刃と槌に自分の体は引き裂かれる。 策を練ってくれるデルフも今度ばかりは助言のしようがない。 限定された状況では打てる策も限られてくる。 この場所に誘い込まれた時点で圧倒的な不利へと追い込まれていたのだ。 自らの過信が招いた窮地に彼は苦戦を強いられる。 せめて飛び道具、『シューティング・ビースス・スティンガー』とは別の何か。 それさえあればワルドの喉下に肉薄できるのだが…。 「大丈夫か相棒!?」 心配するデルフに頷きで返しながら閃く。 打開する為の策、勝利への布石を。 「っ……!」 バオーを見据えながらワルドは舌打ちする。 これまでに幾度、魔法を叩き込んだだろうか。 今のエア・カッターにしてもそうだ。 確実に動脈を断ち切り出血多量で仕留められる傷だった。 それがまるで皮膚についた切り傷のように塞がってしまう。 何という馬鹿げた生命力だ…! このままでは逆にこちらが精神力を使い果たしてしまう。 優位に立ちながらも焦るワルドが詠唱を始める。 それは彼が今までに使ってこなかった魔法。 刹那。ワルドの周辺の空気が弾けた。 目が眩まんばかりの稲光を発し雷が駆け巡る…! 『ライトニング・クラウド』 風系統の上位に位置する強力な魔法。 直撃すればバオーといえども只ではすまない。 「やべぇ! 避けろ相棒!」 デルフの叫びを聞きながら彼は雷光に立ち向かう。 目前の脅威を前に、自分の首と胴を極限まで捻り上げる。 そして反動を付けて彼は咥えたデルフリンガーを放った…! バオーの圧倒的な筋力が生み出す投擲は砲弾のそれに等しい。 凄まじい速度と回転でワルドに迫る大剣。 雷と剣。両者が激突し周囲に光と放電を撒き散らす。 「くっ…!」 それに視界を奪われないように外套で防ぐ。 その直後、即座に追撃してくるだろう彼の姿を探す。 そして視界の端に疾走する影を見つけエア・カッターを放つ。 同時に詠唱するのは再び『ライトニング・クラウド』だった。 トンネルの端に追い込まれた彼の逃げ場は逆方向しかない。 そこに続け様に魔法を放てば必ず命中する。 もう奴には投擲できる武器はない。 勝利は確定していたのだ、この場所に誘い込んだ時点で! 「チェックメイトだ! ガンダールヴ!」 確信と共に放たれたエア・カッターは予想通り避けられた。 しかし、そこから先はワルドの想像を超えていた。 彼が避けたのは逃げ場のない壁の方向。 目の前で繰り広げられる光景に言葉を失う。 蒼い獣が疾駆するのは壁。 バオーの脚力の前では重力さえも無意味。 迫り来る怪物の姿に驚愕しつつもワルドは杖を振るった。 放たれた雷をバオーは全力を以って振り切る。 壁から天井を伝い、そして逆側の壁へと駆け抜ける。 まるでループを描くようにして彼はワルドの背後を取った。 そして壁を蹴って弾丸のように襲い来る。 「……!」 咄嗟にエア・ニードルを帯びた杖を振り向き様に振るう。 それに対峙するのはセイバー・フェノメノン。 一瞬の交錯の後、彼は石床の上に舞い降りた。 まるで時間が止まってしまったかのような刹那の沈黙。 ワルドは微動だにせず、背後の彼へ視線を向けようとしない。 それに対する彼は緩やかに歩み始めた。 敵であるワルドに向かってではなく、投げ捨てたデルフの下へと。 散々な扱いを詫びる彼をデルフは怒る様子も見せずに許す。 「いいって、いいって。俺はおまえの剣なんだ。 そんな事、気にせずに無茶してくれて構わないぜ」 デルフの返答に彼が少し困った表情を浮かべる。 彼にとってデルフは剣ではなく大切な戦友なのだ。 そう言われると逆にどうしようもなくなってしまう。 「それよりも……終わったのか?」 デルフの問いに頷きで返す。 振り返った先には未だに動きを見せぬワルドの姿。 杖に走る一本の線。 それに沿うように杖は二つに分かたれた。 セイバー・フェノメノンは確実に標的を切り裂いていた。 あまりにも鋭い斬撃は切断された事実さえも気付かせなかった。 そのまま繋げば元通りになるのではないかとさえ思わせる断面。 「はっ…はは、あははははははッ!!」 それを見下ろしながらワルドは笑った。 狂ったように声を上げて笑った。 ワルドは世界有数のメイジとして賞賛を受けていた。 それが全力で挑んだにも拘らず手加減されたのだ。 命を奪わず、杖だけを壊して無力化する。 そんな馬鹿げた真似をされて彼の誇りが無事で済む筈がない。 漆黒の意思がワルドの内で渦巻く。 憎悪に満ちた視線で見据えるのは蒼い怪物。 未だに元の姿に戻らないのは僕の敵意を感じてか。 つくづく不愉快で恐ろしい怪物だ。 「やめときな、もう勝負は付いた」 「いや、まだ決着は付いていない」 デルフの言葉を否定しワルドは杖を捨てた。 まさか相棒を相手に肉弾戦を挑むつもりかとデルフが正気を疑う。 しかし飛び掛ってくる様子も無くワルドは壁に背を預けた。 杖があったとしても精神力の浪費が激しい。 見た限り、まともな魔法も使えて二、三回か。 「出来れば互いに万全の状態で雌雄を決したかったが…もはやそれも叶うまい」 「はん! 今更負け惜しみか、何度やってもテメェ如きじゃ…」 そこまで口にしてデルフは止まった。 スクエアのメイジがこの程度の魔法を使ったぐらいで、ここまで疲弊するものか? 明らかにワルドは本来の実力を発揮できていない。 ならば何故、不調を押してまで相棒に勝負を挑んだのか? 貴族派のスパイだというなら今仕掛ける意味は無い。 その疑念に囚われるデルフを横目に見ながら彼は何かを感じた。 遠くから凄まじい勢いで迫ってくる圧力の塊……生物ではない別の何か。 「…気付いたようだな。そろそろ聞こえてくる頃だろう」 言うが早いか地鳴りのように空洞内に響き渡る轟音。 それは音程を変えながら徐々にボリュームを上げていく。 「な…なんだこりゃあ!!?」 何が起きているか分からずとも異常なのは分かる。 デルフが彼の口元で異変に震え上がる。 余裕めいたワルドの顔に、ふと彼は思い出した。 ここに来た時に話していた事を。 『ここはニューカッスル城に繋がる水道だよ。 普段は水が流れていて中庭の噴水などにも使われている。 そして、いざという時には篭城できるように水を溜め込んでおける』 その事実から連想される事態は唯一つ。 青ざめていく彼の顔を眺めながらワルドは告げる。 「そのまさかだ。塞き止めていた水を解放したのさ」 「馬鹿な! テメェも一緒に心中する気か!?」 デルフの言葉にもワルドは笑みを崩さない。 それは死を覚悟した者とは違う。 自分だけは助かると確信している者のだ。 不意に彼はワルドの足元に視線を落とした。 そこには何も無かった。 切り落とされた筈の杖は消え失せていた。 咄嗟に彼は全神経を触角に集中させた。 ワルドから感じる生命とは違う、歪な臭い。 彼はそれを前に見ていた。 まさか、これは…! 「そう、偏在だ。ここに釘付けにする為の囮さ」 「……っ!」 返事を聞くが早いか、彼はその場から走り去った。 偽物に構っている余裕など無い。 一秒でも早くここから抜け出さなくては! 彼は気付いた、これは『水槽』だと! かつて白衣の男達がしたように自分を閉じ込めるつもりなのだ! …出口までの距離が遠い。 戦いながらワルドは奥へと引き込んでいたのだ。 全て計算した上で仕掛けたなら間に合う道理はない。 だが『バオー』は生命が危機に瀕した瞬間、最大の力を発揮する! ワルドの予測を超えた脚力で彼は走り続けた。 背後に迫り来る水の壁。 それを見ながら彼は既視感に襲われた。 ただの錯覚ではない、強いトラウマを持った何か。 だが思い起こす暇など有りはしない。 眼前には最初に潜った巨大な水門。 あそこを通り抜ければ外に出られる。 外から入り込む城の明かりが希望の光にさえ思える。 だが、その光に突如として影が差した。 明かりを背にして立つのは他ならぬワルドだった。 無言で彼は杖を振りかざす。 その直後、吹き荒れた嵐が彼の体を弾き飛ばした。 足の止まった彼の前で閉じていく水門。 「ここが貴様の棺桶だッ! 僕はルイズを! 聖地を! 全てを手に入れる! 貴様は全てを失い、永遠に水底に沈んでいろッ!」 向こう側からワルドの雄叫びが聞こえてくる。 だが、その声も水門が閉ざされる轟音に掻き消された。 遮る扉を破壊しようと彼が爪を立てる。 瞬間。彼は思い出した。 自分が感じた既視感、その正体を…! 今まで何故、忘れていたのか。 無意識の内に忘れようとしていたのか。 狭く冷たい世界から飛び出した、あの日の事を。 そして彼の眼に映る光景が変貌した。 迫り来る水が炎に、水門が隔壁に変わっていく。 “おまえがこの先へ行く事はない” そう告げるかのように冷たい金属が道を閉ざす。 「相棒! どうした相棒!? 諦めるな、水門を破っちまえ!」 デルフの声も耳には届かない。 あの日、通った道もどこにも繋がっていなかった。 自分の世界はあの部屋で終わっていたのだ。 実感した生さえも幻。 全ては束の間の夢に過ぎなかった。 何も得られず、何も成す事も出来ずにここで果てるのだ。 押し寄せる濁流に飲み込まれ消えゆく意識の中、 彼は自分の終焉を静かに受け入れた。